深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.532

刹那的な感情はやがて大切な記憶へと変容する。 路面電車マニアは見逃せない井浦新主演『嵐電』

2019/05/24 21:00

文=長野辰次

京都ではちょっと不思議なことが起きる?

嘉子(大西礼芳)は譜雨(金井浩人)と台詞の読み合わせをしているうちに、次第に譜雨に惹かれてしまう。

 たまたま同じラッピング電車を見たから、たまたま同じ電車に乗り合わせたから。そんな些細なきっかけから、恋愛という名のありふれた奇妙なドラマが始まっていく。のんびりした路面電車に合わせてゆったりと時間が流れ、そんな流れの中で恋愛感情が少しずつ膨らんでいく。既婚者である衛星の心の中でも、鎌倉の自宅に残してきた妻・斗麻子(安部聡子)への想いがふつふつと蘇っていく。嵐電は乗客だけでなく、乗客の心も一緒に運んでいるらしい。

 長い歴史を持つ京都では、ちょっと不思議なことがちょくちょく起きる。昔懐かしい土曜ワイド劇場『京都妖怪地図・嵯峨野に生きる900歳の新妻』『きらら坂に住む400歳の氷女』(テレビ朝日系)も京都が舞台だった。900歳の新妻や400歳の氷女ほど強烈ではないものの、本作でも不可解な現象が起きる。すでに営業を終えたはずの深夜の嵐電だが、ひときわ年代物の電車が走ることがある。人間の姿をしたタヌキとキツネが乗った妖怪電車だ。この電車を目撃したカップルは別れる運命にあるという。本作に登場する3組のカップルは果たして大丈夫だろうか。

 本作は路面電車だけでなく、映画という表現手段もモチーフとなっている。嘉子と譜雨は台詞の読み合わせを重ねることで、お互いの感情が高まっていく。プロの俳優である譜雨は役づくりの一環かもしれないが、恋愛から遠のいていた嘉子の心は激しく揺さぶられることになる。ドキドキが止まらない。嘉子の感情が沸点に達するまでの時間と、譜雨が京都で過ごす撮影期間がわずかにズレており、よりせつなさが募っていく。

 映画は人生によく似ている。テイクが違えばキャストの心情も微妙に変わり、芝居も変わっていく。その結果、思いがけない奇跡的なカットが撮れることもある。そんなひとつのカットが、作品全体を大きく変えてしまうこともある。そして奇跡のようなカットを繋ぎ合わせていくことで、人生という名の長い長いドラマは紡がれていくことになる。奇跡のカットを体験した3組のカップルは、この後どんな運命が待っているのか気になってしまう。

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