深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.532

刹那的な感情はやがて大切な記憶へと変容する。 路面電車マニアは見逃せない井浦新主演『嵐電』

2019/05/24 21:00

文=長野辰次

ある短編小説との共通点

地元の高校生・子午線(石田健太)は、8ミリカメラで嵐電を追い掛けている。人それぞれが抱える記憶と感情が嵐山線で交差していく。

 現在と未来と過去とが同等の価値を持つ古都・京都を舞台にした本作を観て、ふと一冊の小説を思い出した。ジャック・フィニイの短編小説集『ゲイルズバーグの春を愛す』(ハヤカワ文庫)だ。この短編集の最後を飾る「愛の手紙」はニューヨークを舞台に、アンティーク家具を愛する青年がヴィクトリア朝時代に生きた女性と時空を越えて文通するファンタジックなラブストーリーとなっている。いつか出逢う運命の恋人へ向けて書かれた古い恋文を見つけた青年は、街でいちばん古い郵便局の古い郵便ポストへ返信を投函することで自分の想いを彼女へ伝える。モダンさの中にも古き善きものを愛する街・ニューヨークの懐の深さが、この不思議な恋物語の背景となっていた。時間の推移と瞬間的な感情が大切な記憶へと変わっていく関係性を描いていることで、「愛の手紙」と本作は繋がりがあるように思う。

 歴史のある街・京都を、嵐電は今も変わらず走っている。毎日同じ軌道を行き来する嵐電だが、いつもと違う停留所で下車すればいつもとはちょっと違う1日となり、のどかに流れる車窓の光景も日々少しずつ変わっていく。一見すると平凡そうな生活の中に、乗客それぞれにとっての豊かさが潜んでいる。嵐電は、そして各地の路面電車、いや「ちんちん電車」たちは、そんな大切なものを今日もゆったりと運び続けている。

(文=長野辰次)

『嵐電』

監督/鈴木卓爾 脚本/浅利宏、鈴木卓爾 

撮影/鈴木一博 音楽/あがた森魚

出演/井浦新、大西礼芳、安部聡子、金井浩人、窪瀬環、石田健太、福本純里、水上竜士

配給/ミグラントバーズ、マジックアワー 5月24日(金)より京都シネマ、テアトル新宿ほか全国順次公開

(C)Migrant Birds/Omuro/Kyoto Univercity of Art and Design

<http://www.randen-movie.com>

最終更新:2019/05/24 21:00

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