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【田澤健一郎/体育会系LGBTQ】男性として生きるために引退を決めた女子野球選手の葛藤

 社会に広がったLGBTQという言葉。ただし、今も昔もスポーツ全般には“マッチョ”なイメージがつきまとい、その世界においてしばしば“男らしさ”が美徳とされてきた。では、“当事者”のアスリートたちは自らのセクシュアリティとどのように向き合っているのか――。(「月刊サイゾー」2021年10・11月号より転載)

【田澤健一郎/体育会系LGBTQ】男性として生きるために引退を決めた女子野球選手の葛藤の画像1
(写真/佐藤将希)

 コロナ禍での開催に、何かと競技以外の話題が取り沙汰された東京オリンピック。その陰で、五輪史上初の事態が発生していた。ウエイトリフティング女子87キロ超級に、MtFのトランスジェンダー選手が出場したのだ。

 トランスジェンダーとは性別違和を持つ人々の総称。出生時の体の性別が男性で、性自認が女性のトランスジェンダーをMtF(Male to Female)、逆の場合をFtM(Female to Male)という。

 その選手には新時代の到来として温かい拍手が送られたが、一方で生物学的に有利であり不公平という声も出た。SDGsが叫ばれる時代、今後はスポーツ界にとってトランスジェンダー選手の存在は、避けては通れない議題となるだろう。

「そうですね……射撃のような競技なら、あまり問題にならないかもしれないですけどね……」と語る松本智広(仮名)はFtMの元女子野球選手。引退後、ホルモン治療、子宮・卵巣の摘出といった性別適合手術を経て、戸籍を変更。心も体も男性としての人生を歩んでいる。

 一般的に、男性は第二次性徴期を過ごせば、骨密度や筋肉量は女性を上回るようになる。しかし、FtMのアスリートは男性ホルモンを注射しても、いきなりフィジカルがシスジェンダー(出生時の体の性別と性自認が一致する人々)の男性アスリートと同じレベルになるわけではない。治療後に男性アスリートとして活動する場合、一般人のレクリエーションスポーツならまだしも、競技スポーツでトップを争うのはかなり困難なのだ。少なくとも現在は。

「理想をいえば、男子、女子のほかにトランスジェンダー部門、あるいは男女混合部門があればいいのかもしれませんが、現状、大会としてはなかなか成立しないでしょう。それだけの選手数が集まるとは思えませんから」

 その現実を、智広は身をもって痛感している。自らも「野球をとるか、体も戸籍も性別を変えることをとるか」という選択を迫られ、後者を選んだ元アスリートだからだ。

生理が始まった思春期もただ野球が好きだった

 北陸の中核都市に生まれた智広は、幼い頃から男の子と活発に遊ぶ“女の子”だった。

「野球も親にやらされたわけではなく、遊びのひとつとして好きになって。小学生になると、当然のように近所の野球チームに入りました」

 男女間の体力差も少なく、思春期もまだまだ先の幼少時代、男子と女子が一緒に遊ぶのは、それほど珍しい光景ではない。ただ、智広はFtMの自覚はまだなかったが、自分が女性であることに、すでに違和感を覚えていた。

「当然ながら女の子として育てられたわけですが、とにかくスカートをはきたくなくて。だから、いつもズボンをはいてました」

 当時は親も「この子はスカートが嫌いなのね」くらいの反応。「活発で男まさりの女の子」と、特にそれをいぶかしむことはなかった。野球に関しても、女子野球の存在が知られるようになり、男女混合の小学生チームも当たり前になりつつあった時代。男子よりも女子のほうが成長が早いため、小学生チームでは女子が中心選手になることも珍しくない。智広は最上級生となりレギュラーの座をつかんだが、それもまたよくあることである。

「運動神経は良かったですね。足が速くて、運動会ではリレー選手。野球でも足の速さを生かして外野を守り、1番や2番を打っていました」

 ただ、中学生になると徐々にフィジカルの男女差が大きくなってくる。野球の場合、中学はまだ男女混合でプレーするケースもあり、その中で活躍する女子も少なくない。だが、高校以上は制度の問題もあり、男子・女子に分かれる、あるいは女子はソフトボールに転向するのが一般的だ。

 智広は中学進学にあたり、女子野球のクラブチームを選んだ。中学生といえば、思春期と第二次性徴期の真っただ中。身体的にも“女性”であることを意識し、異性への興味が高まる年頃だが、智広は野球一筋。今、振り返ってみれば、そこにはFtMであったことも影響していたのだろうが、本人にその自覚はなかった。

「本当に何も考えてなくて、ただただ野球が好き、という気持ちだけ。生理も始まったのですが、面倒くさいジャマなもの、みたいに感じてました」

 チームの練習は厳しく、レベルも高かった。その過程で、大好きで楽しかった野球を「もっと極めたい」という気持ちが湧いてくる。

「中学時代の監督の薦めで、高校は他県にある女子野球の強豪校に進学することにしました。『自分の実力を試したいなら、強い高校にしてみたらどうだ』という監督の言葉に心を動かされたんです。ある程度、自信もあったので、どこまでやれるか挑戦してみようと」

 女子校であるその高校で、智広は初めて自分のセクシュアリティを意識することになる。

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