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日刊サイゾー トップ  > 『鎌倉殿』で八重が生存ルートを進むワケ

三谷流翻案が冴える『鎌倉殿』 生存ルートを進む八重と「阿波局」の関係とは

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

三谷流翻案が冴える『鎌倉殿』 生存ルートを進む八重と「阿波局」の関係とはの画像1
北条時政(坂東彌十郎)と三浦義澄(佐藤B作)|ドラマ公式サイトより

 前回の『鎌倉殿の13人』第9回も、『平家物語』などでよく知られたエピソードの興味深い翻案が目立ちました。

 「富士川の戦い」の描き方も面白かったですね。都からやってきた平家軍は、駿河国(現在の静岡県)で富士川を挟み、源頼朝率いる源氏軍と向かい合うのですが、深夜、突然一斉に飛び立った無数の水鳥の羽音を源氏軍による奇襲攻撃だと勘違いし、ぶざまにも逃げ出したのでした。

 このエピソードを三谷流に翻案したのが、北条時政(坂東彌十郎さん)に押された三浦義澄(佐藤B作さん)が、川の水面に派手な音を立てて倒れたことをきっかけに水鳥が飛んで逃げたというシーンで、あまりのシュールさに苦笑させられたものです。

 しかし、平家側の“事情”が完全に省略されてしまっていた点は残念でした。『平家物語』では、富士川で源氏軍と向かい合った時、源氏側から飛んできた矢の勢いに恐れを感じた追討軍の大将・平維盛が、斎藤実盛という70代の老武将に“うかつな質問”をしてしまいました。これが自軍の敗北を決定させたという描き方がされているのが興味深いのです。

 斎藤は元・源氏方の武将でしたが、平清盛が「平治の乱」後にスカウトを試み、平家に楯突いた罪を許して部下にした人物でした。今回の戦にも軍事アドバイザーとして雇用されていたので、平維盛が彼に教えを請うたこと自体は間違いではありません。しかし、斎藤は妙に正直で、弁が立ちすぎる男でした。おまけに状況も最悪でした。当時、源頼朝率いる源氏軍は一説には4万もいたとされますが、平家軍はわずか約2000しか残っていませんでしたから。

 都を発った時には7万ほどいた(『平家物語』)そうですが、途上で上層部が揉めるなどトラブルが起きたこともあり、逃亡する兵が相次ぎ、最終的に2000にまで減ってしまったようです。当時の公卿・九条兼実の日記『玉葉』によると最初から4000ほどだったそうですが、それでも兵は半分に減少しています。残された者たちの不安は相当だったでしょうね。

 見知らぬ相手ほど強く思えるものです。また、不安が強ければ、冷静な判断はできなくなってしまいます。未知の坂東武者という相手に怯える平家軍を前に、先述の老武者・斎藤実盛は、平維盛に問われるがまま、(現代風の表現で要約すると)「坂東武者どもは親や子が死んでも平気で攻撃をしかけてくる鋼鉄メンタルの持ち主で、彼らの弓矢の勢いは半端ない」とか、不安をさらに煽るような余計なことばかりを実にペラペラとしゃべりまくったのでした。

 しかし、斎藤のこの時の主張はあくまで「戦は謀略で勝つもの」であって、たとえば相手のほうが地理を知り尽くしているとか、強い兵を多く持っているとか、そういう要素だけでは戦の勝敗は決まらないのだ、ということでした。おそらくはその後に、軍事アドバイザーだった彼から具体的な作戦などが伝えられたとは思うのですが、『平家物語』にそのあたりのことは何も書かれていません。この事実からは、平家軍が完全な恐怖にとらわれてしまったことが読み取れるようです。つまり、斎藤は鼓舞しようとした味方に「坂東武者は怖い」という恐怖だけを植え付けてしまったのでした。

 斎藤が源氏方の内通者だったとしたら、実に巧みな戦略だと言わざるをえないのですが、後年、彼は木曽義仲軍を相手に一歩も引かず、そこで討ち死にした人物なので、源氏方の内通者ではありえません。清盛をはじめとする平家上層部が単に人選ミスをしただけなのですが、そこに彼らの命運が尽きようとしている“運命”を感じてしまうのです。

 「富士川の戦い」の描き方にとどまらず、『鎌倉殿』オリジナルというべき部分は増えてきたと思います。たとえば、落命のピンチを義時に救われた八重(新垣結衣さん)には、本作品では“生存ルート”を歩んでいる可能性が濃厚になってきました。おそらく『鎌倉殿』において、八重は北条義時の妻になるのでしょうね……(側室ではありますが)。今回はよい機会なので、本連載ではこれまでノータッチだった八重という女性について、少し触れておこうと思います。

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