トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • x
  • feed
日刊サイゾー トップ > エンタメ > ドラマ  > 令和の恋愛の世知辛さを描く『向井くん』

赤楚衛二『こっち向いてよ向井くん』令和の恋愛迷子に“対話”の重要性を説くドラマ

赤楚衛二『こっち向いてよ向井くん』令和の恋愛迷子に“対話”の重要性を説くドラマの画像
ドラマ公式サイトより

 恋愛ドラマの主人公はどこか極端である。たとえば、仕事はできるのに驚くほど私生活がだらしなかったり、他人に対してトゲトゲしていたり、どうしようもないくらいに拗らせていたり。それまで全く恋愛経験がなかった人が、ある日運命の人に出会って、大恋愛を成し遂げたりもする。けれど、世の中そんなに極端な人ばかりだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えていた矢先、彗星のごとく現れたドラマが『こっち向いてよ向井くん』(日本テレビ系)だった。Tシャツメーカー勤務の向井くん(赤楚衛二)が、元カノ・美和子(生田絵梨花)の亡霊を断ち切り、10年ぶりに彼女を作ろうと立ち上がる。気がつけば同期には小学生になる子どもがいて、飲み会の予定も合わず、20代の妹も結婚した。そろそろ自分も……とスイッチを入れてはみたものの、久しぶりの恋愛に手こずる33歳一般男性の話だ。もしこれが「33歳一般女性向井さん」の話ならば、そこまで前のめりになっていなかったかもしれない。男性だって恋愛や結婚について悩む日もあるだろうに、彼らの物語はあまり語られてこなかった。『こっち向いてよ向井くん』は、これまでドラマの主人公にならなかったような人たちの恋愛模様を改めて可視化した作品になっている。

 しかし『こっち向いてよ向井くん』の斬新さは、ただ男性視点の恋愛ドラマというだけではない。主人公の向井くんが“非モテ”ではないことに新しさがあるのだ。

 かつて恋愛ドラマの男性主人公といえば、古くは『101回目のプロポーズ』(フジテレビ系)から『結婚できない男』(同)、『モテキ』(テレビ東京系)など、極端に女性経験がなかったり、対人コミュニケーションそのものに欠陥があったりと、あからさまに“モテない”男性が多かった。彼女いない歴=年齢のアキバ系オタクが電車で出会った美女・エルメスと恋に落ちる『電車男』(フジテレビ系)のように、どこかさえない男性が誠実な人柄で高嶺の花を振り向かせる逆転サヨナラ満塁ホームランのような展開は、男性視点の恋愛ドラマにおいて定番のフォーマットである。

 だが、向井くんはモテないわけではない。むしろ公式的には“いい男”とされており、性格や職業、顔面が赤楚衛二なことを踏まえて、彼のステータスをグラフ化したら、なかなか綺麗な五角形になると思う。合コンに行けばモテるだろうし、マッチングアプリなら人気会員になっているはず。しかし、そんな目立った欠点のない、むしろスペックが高いほうの向井くんでさえも結婚はほど遠く、自ら手を伸ばさないと恋愛にすら至らない。運命の出会いなんてそう簡単に降ってこない。『こっち向いてよ向井くん』はそんな令和の恋愛の世知辛さを反映した作品でもあるのだ。

 個人的に最も刺さったエピソードは、向井くんへのザオラルLINE(しばらく連絡を取っていない人とキッカケを作るためだけにするLINE)とともに現れ、「忘れられない恋があって切ないわけじゃないんです。思い出す恋がなくて切ないんです」と名言を残して去っていった婚活女子のチカさん(藤間爽子)回だ。タスクのように婚活をこなしていた反動で、向井くんとの恋愛を純粋に楽しめない不器用なチカさん。ありのままの自分で向き合うのが怖くて、よそゆきの婚活モードで接していたようにも見えた。向井くんは面食らっていたけど、「子どもがほしいから結婚したい」「そのために一日でも早く結婚したい」というチカさんには、結婚願望のある30代女性のリアルが詰まっていたと思う。

 三者三様の女性の価値観に触れた向井くんを待っていたのが、10年間忘れられなかった元カノ・美和子との対峙だ。同級生の計らいで再会した二人は、それから恋人時代のようなひとときを過ごしたものの、関係性の認識にズレが生じてしまう。

 10年前「守るってなに?」と向井くんに問いかけた美和子だが、自分の正解と照らし合わせたかったわけではなく、彼女自身も答えを持ち合わせていなかった。唯一彼女の心に確固として存在していたのは、独身を憐れむ古い価値観の父親や世間に対して、結婚していなくても幸せになれることを証明したいという意志だけ。

 けれど、独身を謳歌する遠山のおばさんのような強さも、寂しさを忘れて没頭できるような趣味も美和子にはない。向井くんだけではなく、彼女もまた恋愛……というより、人生そのものに迷っている一人だったのだ。もしかしたら、向井くんの父親(光石研)の言葉「自分の人生の舵は自分が取らないと」を最も必要としているのは、頭デッカチな父親に縛られながら、自分とはかけ離れた遠山のおばさんの虚像を追いかける美和子なのではないだろうか。

 ねむようこ氏の原作漫画は現在も連載中だ。つまりドラマ版は、この何重にも入り組んだ物語を、原作より先に着地させねばならない。向井くんだけでなく、毒舌恋愛メンター・坂井戸さん(波瑠)やまみん(藤原さくら)、元気(岡山天音)といった令和の恋愛迷子たちを救う答えは得られるのだろうか。どのように幕を引くのかは見当もつかないけれど、このドラマは“対話”の必要性を繰り返し説いてきた。それはまみんと元気のようなパートナー間での“対話”や、自分自身との“対話”を指している。

 自分はなにを考えて、なにを求めているのか。それを言葉にすることの大切さを、向井くんも私たち視聴者も痛いほど味わってきた。生涯で一番好きだった美和子の呪縛を断ち切って、ようやく人生の舵を取り戻した向井くんならば、少なくとも、自分が納得する形の“幸せ”にいつか辿りつけるはずだ。

明日菜子(ドラマウォッチャー)

ドラマウォッチャー。毎クールの視聴本数は25本以上、三度の飯並みにテレビドラマが好き! 「文春オンライン」や「マイナビウーマン」などに寄稿。

Twitter:@asunako_9

最終更新:2023/09/06 17:34
ページ上部へ戻る

配給映画