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『アクマゲーム』第9話 もう誰が何を言っているのか全然わからない

間宮祥太朗(写真/Getty Imagesより)

 大阪の漫才劇場から今年上京してきたヘンダーソンという漫才コンビがいまして、その中村フーという人に「ダメだなぁ」っていうフレーズがあるんですね。「ダメだなぁ」って、ほんとにダメな感じが伝わってくる言い方なんです。

 ドラマ『ACMA:GAME アクマゲーム』(第9話)、いよいよ主人公がラスボスとして登場した父親と対決することになり、「いろいろ不満もあったけど、このダースベイダーvsルークがおもしろくさえあれば、すべて許そう」と思っていたところだったんですが、感想としては「ダメだなぁ」でした。

 振り返りましょう。

■もう何を言っているのか全然わからない

 悠久のときを超えて人類を惑わせてきた「悪魔の鍵」をめぐるストーリーなわけですが、その設定はもはや何が何だかわかりません。

 99本のすべてを手にすると、すべてが手に入るとのことでしたが、謎の組織グングニルと照朝パパ(吉川晃司)が手を組んで、その99本を集めて世界に新しい秩序を作るという。

 そして、その鍵を99本集めるために、そのうちの何本かを「鍵に選ばれし者」に配って、それを集めてトーナメントをやって、集まったらG20サミットに攻撃を仕掛ける。

 そのためには人口が半分になってもいいとか、過去との訣別とか、そういうなんだかおどろおどろしいワードは出てくるわけですが、この「悪魔の鍵」の設定や取得目的がどうにも右往左往しているので、物語そのものに緊迫感がない。

 父がグングニルに殺されたふりをして寝返り、グングニルと行動を共にすることにした理由もよくわからないし、その父がグングニルから「ガイド様」とか呼ばれて崇拝されているのもよくわからない。

 よくわからないものをビシっとした演出とビシっとした演技で見せられている。もうツッコミは原作者の方がXで的確にしてらっしゃるので、そこらへんは遠慮していいところを探そうと思って見ているのですが、ドラマの方から理解を拒絶されている状態ですので、もうそこは「そういうもんだ」で目をつぶるしかないんです。結果、けっこう長い時間にわたって目をつぶらなければならなくなるのです。

 ドラマを見るために、ドラマから目を反らさなければならない。なんという状況なのでしょう。

■ラストダンスがこれかいな

 そういう「悪魔の鍵」の設定とは別に、見どころとして提示されているのが「アクマゲーム」という命がけのデスゲームです。

 おそらく最後の対決になるであろう照朝(間宮祥太朗)とパパとの対決は、「三単究明~Word Investigation~」というもの。互いに3つの一般名詞を選び、それを質問していきながら突き止めるというもの。水平思考クイズというかアキネーターというか、そういう類のゲームなわけですが、君たちのラストダンスはこれですかと。

 しかも、ゲームの途中でパパのほうが「悪魔の力」を使ってとんだイカサマをやるもんだから、知能戦として楽しむことも拒否されている。ゲームそのものからも目を反らさなければならなくなります。

 もう何も見えないよ。

 デスゲームにチャイルディッシュな種目を選択するというアイディア自体は悪くないし、おそらくは『イカゲーム』の成功もあって勝ち目を見たのでしょう。このドラマの演出は「じゃんけん」にひと手間加えて緊迫感あふれる心理戦に昇華した『カイジ 人生逆転ゲーム』(09)の監督でもあった佐藤東弥さんです。この情報だけ見れば、成功の可能性が高いように思えます。

 しかし、『アクマゲーム』は失敗しました。ゲームそのものが「じゃんけん」や『イカゲーム』の「だるまさんがころんだ」なんかよりルールが複雑で、見ている側がいちいちプレイヤーの手札や全体状況を記憶して理解していかないと心理戦としての優劣が把握できないことに加えて、「悪魔の力」なるイカサマが突然発動するので緊迫感も納得感もない。

 次回が最終回だそうです。何を見ればいいのか、これから一週間ゆっくり考えたいと思います。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子です。

最終更新:2024/06/03 14:00
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