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永山薫の『コミック怪読流』第7回

分からなくってもダイジョーブ! 脳内麻薬を噴出させる異常な漫画『女子攻兵』

jyoshikouhei_.jpg『女子攻兵 1』(新潮社)

マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第7回は松本次郎の『女子攻兵』です!

 出ました! 松本次郎の『女子攻兵』(新潮社)第1巻! 帯に「本年度最狂のSFロボ戦記」というアオリ文句が躍る。確かに狂ってる。松本次郎が狂っているだけではなく、この漫画を「月刊コミック@バンチ」に掲載する編集部も、喜んで読んでる読者も、俺も完璧に狂ってる。

 女子攻兵とは何か? ミニスカ・セーラー服&パンチラ付きの女子高生型巨大戦闘ロボットだ。しかも、その頭部に人間が搭乗して、操縦する。おまけに素材は超合金じゃなくって、バイオ系で、腹をブッタ斬られればハラワタが飛び出すし、オシッコだって洩らす。早い話が、エヴァンゲリオンとか『進撃の巨人』(諫山創、講談社)とかを女子高生にしたと思ってくれ。サイズを気にしなければそれなりにかわいいが、ギャルやビッチの成分もタップリなので、拒否反応を起こすウブな坊やも多いだろう。そういうのがパンツ丸出しでウジャウジャ出てくるから、苦手な人はどうぞ気分悪くなってください。

 それで、お話の印象は、3Dゾンビ虐殺系対人シューティングゲームの感覚に近い。てゆーか、操作できない分、動画掲示板でおなじみのゲーム実況録画を見てる気分。殺伐としてて、出口がなくて、不条理で、その癖、脳内麻薬がジワジワと湧いてきて、病みつきになって、気がついたら小1時間モニターを眺めてたみたいな、そんな感覚。

 この漫画に関していえば、背景とか、世界観とか、状況説明とかを求めても無駄。冒頭の前置き的なテキストなんてひどいもんだ。

未来―――
異次元空間に新天地を求めて移住した人々は地球からの分離独立をもとめて武装蜂起。
地球連合軍との間に異次元戦争が勃発。
戦線は拡大、長期化。
地球連合軍は戦局を打開するべく、従来兵器全ての攻撃を無効にする新兵器「女子攻兵」を戦線へ大量投入、大規模な攻勢へ転じようと画策していた。

 ナニコレ?

 意味分かんねーよ。

 未来っていつの話? 異次元空間って? 地球連合軍って?

 SF的な考証もなければ、時代背景も語られないし、政治的なアレコレも分からない。

 けど、分からなくっても大丈夫。

 そもそもゾンビ虐殺シューティングゲームの箱に書いてある解説を真剣に読む人がいるんだろうか?

「謎の彗星の接近により世界はゾンビで一杯になってしまった。生き残るために闘え!」

 でオーライ。いや、ゲームシステムさえ把握できてりゃ充分で、物語なんかどうでもいいんじゃないのか?

 かくして、読者はイキナリ的に『女子攻兵』の世界に投げ込まれる。ゲームマスター松本次郎は、「なんで!?」「どうして!?」という読者の悲鳴を、力業で圧殺し、強引に作品世界に引きずり込む。

 このへんが漫画の強味だ。これが小説だったら、読者がリアリティを感じるように、それなりの世界観を文章で呈示し、物語内でのルールを解説しなければならない。それも説明的にではなく、自然と解るように書かないと、「前置き長いだけで、ツマンネエ」とか、ついこの間、字の読み方を覚えたような小僧にバカにされたりする。

 漫画は世界をそのまま絵で表現できる。漫画は「絵」でそう描いちゃえば、「そーゆー世界」になってしまう。もちろん、説得力は必要だが、これは絵のうまい・ヘタはあまり関係がない。キレイ・キタナイも関係ない。恥ずかしげもなく自分の妄想を公開できる破廉恥力と、読者をねじ伏せる剛腕力が大事なのだ。

 その点、松本次郎は完全にリミッターが外れている。仇討ちが公認される狂った近未来を描く松本次郎の代表作『フリージア』も実にイヤな作品だったが、今回はさらに突き抜けている。

 物語のキモは女子攻兵乗りが遅かれ早かれ精神を汚染されるという一点に集中する。衣服が人格を規定し、形成する。軍服が軍人を作る。特攻服を着れば気分は夜露死苦だ。女子攻兵の中の人も女子高生化してしまう。ジェンダーと体格のアイデンティティーが崩壊する。

 巨大な武装女子高生たちが、「聖名」と称する女子名(○○ちゃんとか)で互いを呼び合い、ケータイでメールをやりとりし、いかにもなギャルトークを繰り返す。それを本書では「ママゴト」と呼ぶ。

 主人公、つまり読者視点の代理人であるタキガワ中尉は、ママゴトに参加することを拒否し、必死で「男」で「軍人」という「マトモ」な「自我」にしがみつき、「汚染」に抵抗する。女子高生化する部下を叱りつけるが、その最中にも部下のツネフサ兵長のケータイには存在しないはずの「彼氏」からメールが届く。

「貴様 作戦行動中はケータイは切っとけって言っただろ」

 とキレそうになる中尉を別の部下ハラダがなだめにかかる。

「ツネフサセンパイに何言っても無駄ですよー だってヤキモチやいてダダこねてるだけだからー」

 そのヤキモチの理由というのが、ハラダがケータイのストラップを中尉とお揃いにしたからだというのだ。

「ハラダだけぬけがけして中尉とお揃いにするなんて」
「ずるいよねー」

 気が狂いそうな会話の中で、中尉は「自分だけは違う」と抗う。確かに部下達は一線を超えている。女子高生成り切り度がハンパではない。

 しかし、精神汚染は着実に進行する。いや、そもそも女子高生型巨大ロボットなんてキワキワのキワモノを兵器として認めた時点で狂っている。しかもセーラー服に巨大携帯だ。汚染は「現実」をも侵犯する。中尉の電源を切ってあるはずの携帯にツキコと名乗る「親友」からのメールが着信する。とうとう汚染度がピークに達したのか? しかしメールはギャル文ではあるが戦場を正確に把握している者にしか書けない内容だ。中尉はその情報が作戦遂行上、有効であるというリアリズムに徹し、戦闘を続行する。

 第1巻で中尉たちが狩る敵は分離独立派勢力ではない。精神汚染がピークに達し、軍の制御が効かなくなった女子攻兵たちだ。かつての同僚だった「マトモな」女子攻兵を殺戮し、食らいつき、融合し、デタラメな人体の集合体と化して、

「おかーさん ともだち たくさん できたよー」

 とつぶやく。いやはや暴走したエヴァよりタチが悪いぜ。

 これが女子攻兵の、そして同時に女子攻兵乗りたちの末路である。そうなる前に任務から外された女子攻兵乗りには、ラボに監禁され、モルモットにされ、切り刻まれる運命が待っている。

 では、破滅が避けられないことが分かっていながら、彼らは女子攻兵と一体化することによって得られる全能感に中毒し、降りることができなくなる。

 この悪夢めいた世界ではマトモな人間は一人としていない。中尉の上官である大佐は、中尉の能力を利用しようとしているくせに中尉を自殺に追い込もうとするが、それすらもジョークだとうそぶく。第1巻終盤に登場するCIA軍事顧問のオデコには「CIA」と書いてある。彼らの作戦会議は、タチの悪いジョークをぶつけ合う狂ったコントだ。『フリージア』ではまだ異常と正常の対比があったが、本作ではもうぐちゃぐちゃです。みなさん変すぎます。頭オカシイです。

 松本次郎が捏造した醒めない悪夢のような世界は、その訳の解らなさ故に、読者を深読みと誤読のドロ沼に誘導する。

 例えば、頭のイイ人なら

「訳の解らなさでは実は我々の住む現実世界とやらも大差がない。現実世界だって道理は通らないし、充分に不条理だし、至る所で狂気が渦巻いている。その意味で『女子攻兵』は現実世界を茶化した諷刺漫画だとも言えるだろうし、ほとほと現実に愛想が尽きた呪いの書として読むこともできるだろう」

 と解釈するかもしれない。シニカルなオタクならば、

「『巨大女子高生の殺戮合戦すればエロくてグロくて面白い』という単純な思いつきがとんでもない変態作品を生んでしまったということですねwww」

 とも苦笑するかもしれない。それぞれが好き勝手に解釈すればいいし、解釈しなくてもいい。

 この先、どう転がっていくのかは不明だが、中尉の行く手にはさらに、訳の分からないイヤな世界が待っているようだ。

 ともあれ、狂気をエンターテインメントとして享受できる人、脳ミソのタガを外したくなった人にはオススメしよう。イヤな脳内麻薬が出ることは間違いないからな。
(文=永山薫)

●永山薫(ながやま・かおる)
1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した編著『マンガ論争勃発』シリーズ(マイクロマガジン)があり。現在は雑誌『マンガ論争』(n3o)共同編集人、漫画系ニュースサイト『Comics OH』(http://oh-news.net/comic/)編集長を務める。

女子攻兵 1

乗りたいといえば、乗りたい。

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最終更新:2012/10/11 16:23
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