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永山薫の『コミック怪読流』第1回

いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』

iam.jpg『アイアムアヒーロー 4 』
(小学館)

マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第1回は花沢健吾『アイアムアヒーロー』です!

 気分が滅入っている時の花沢健吾はキツイ。『ルサンチマン』にしても『ボーイズ・オンザ・ラン』にしても、暑苦しい非モテ野郎が愛と誠意を胸に、はた迷惑な空回りを演じてくれて、ちっとでも主人公の境遇や考え方に近い読者は胸が痛くなって、ブン投げたくなるだろう。でも、読んでしまう、読ませちまうのが花沢健吾。ホント、イヤな野郎だ。

 さて、花沢の最新作『アイアムアヒーロー』(「BIG COMIC スピリッツ」連載中)は、これまでの作品以上に強烈だ。乱暴に言うと、まったくイケてない主人公が頭がヘンになっていくと同時に、セカイの方も発狂(ゾンビパニック化)していくってお話。

 で、単行本第1巻では、主人公・鈴木英雄君の鬱屈と静かな狂気がこれでもかと描かれる。人間って一人きりの時は変なコトをやってんのがフツー(人前でできないモノマネとか、ダンスとか、全裸オナニーとか……)とはいえ、英雄君の場合は自分にしか見えない脳内友達の「矢島」が便器の中から顔を出してくるわ、ベッドの下やブラインドのスキマから妖怪が出てくるわ、それを奇怪な術式で封じようとするわ、仕事場でも独り言を言い始めるわ、もはやブツブツ系の危ない人と紙一重。一回クリニック行けちゅーに! 話題の『マンガでわかる心療内科』(作画:ソウ、原作:ゆうきゆう/少年画報社)とか読めっちゅーに。

 英雄君の職業は漫画家。単行本も出している。でも次の連載が何年も決まっていない。アシスタントで生計を立てながら、編集部への持ち込みを続けている。アシスタント先の先生は売れっ子の漫画家だ。エロ漫画家っぽい描写(チンコのトーン指定とか)があるんだけど、「数人のアシスタントを使って不眠不休で描いているエロ漫画家」は俺の知る範囲では存在しない。あれはどう見たって週刊連載を持ってる漫画家の仕事場だ。とはいえ、その一点を除けば超リアル。華やかでもなけりゃカッコよくもねえ。汗臭い家内制手工業。これって『バクマン。』(作画:小畑健、原作:大場つぐみ/集英社)の世界じゃないよねー。でも、それが現実。週刊連載持ってる先生だったらそれでもいい。同業者だって一目置いてくれるし、零細企業のオヤジくらいには儲かるし、ファンにとっては憧れの先生だ。億単位の年収を手にする可能性だってまだまだあるぜ。アシスタントはどうか? もちろんピンキリの世界だけど、英雄君レベルだと月収で20~25万円程度。悪くはない。ワンルームマンションに住んで、ファッションもカジュアルブランドでそれなりだ。趣味は射撃。同業者のカノジョもいるぞ。ただ、問題は年齢だ。35歳。アシスタント専業ならともかく、もう一発当てるにゃツライお年頃。持ち込み先の担当編集者に「……うーん、……まあ、そっかぁ……そーなると今から就職も難しいかぁ……」と言われる始末。これって翻訳すると「漫画家辞めたら?」ってことだよな。まあ、こんなこと言われたら俺はグーで殴ってますけどね。ちなみに花沢健吾は1974年生まれの36歳。作者自身がリアルで体験したイヤなこと、恨みつらみ、妬み、嫉み、不安、イラ立ちなどなどを英雄君に投影しているのかもしれない。

 年齢だけでも、相当キツイのに、彼女は元彼のオタク漫画家の才能を誉め称えるし、職場には、デブ&メガネで女子アナの話しかしないウザすぎるチーフがいるし、ちょっと可愛い同僚アシスタントは先生に喰われてる。なんかもう閉塞感バリバリちゅーか、こうした周囲の状況が英雄君の症状悪化に拍車をかけていることは間違いない。しかし、改善することは不可能ではないはずだ。専門家による心のケアでかなり楽になれると思うし、もうちょっと視野を広げて持ち込み先を変えてみる(超学館のみって無理すぎる)とかすれば状況は全然違ってくるのだが、それができりゃあ、ここまでこじれてないわけだ。マジメな小心者ほどブッ壊れやすい。

 でもまあ、非モテから見れば彼女がいるって一点だけは救いだよね。自分をさらけだして甘えることのできる唯一の逃げ場があるわけだ。ところが、セカイの終わりってヤツが、ドーン・オブ・ザ・デッド(ゾンビの夜明け)がやってくる。序盤から始まってたゾンビ出現の前フリが第1巻終盤でようやく臨界に達する。あたかも、ダムが決壊するみたいに、一気にゾンビの輪が拡がってしまう。いわゆるパンデミック、爆発的感染だ。イタイ日常を延々読ませて、ギリギリまでタメといてド~~~~ンッ! いやあ、御褒美ですよ! 爽快、痛快、ザマー見やがれ! これって時代を超えて、自分が不遇だと感じている若い連中にとっちゃフツーの感覚だと断言しよう。セカイがぶっ壊れる。法律も常識も通用しねぇ。それは絶体絶命のピンチだ。しかし、もうその瞬間から職場にも学校にも行かなくていい。義務も責任もあったもんじゃない。フリーダム。絶対的な自由時間が目の前に拡がるのだ。セカイなんか滅びてしまえ! と心の中で一度も叫んだことのない人、「世界を呪うなんて異常だよ」と思える人はシアワセだ。一生、そのシアワセが続くといいよね。登場人物の一人はこうつぶやく。

「俺達の時代がやってきたんだ」

 これに激しく同意しちゃった人は第2巻以降の悪夢のように痛快なブッ殺しワールドを堪能すればヨシ。ゾンビ物としては『学園黙示録HIGHSCHOOL OF THE DEAD』(作画:佐藤ショウジ、原作:佐藤大輔/富士見書房)が人気で、虐殺度&お色気サービス(コレ邪魔だよな)も高めなんだけど、リアル度ではコチラが買い。ゾンビ描写、喰われる連中の断末魔描写においては花沢健吾の黒さ全開です。普通の人々もヤンキーもヤナ野郎も外人も可愛い子供も無差別にヤラレちゃう。ハラワタははみ出る、顔を囓り取られる、脳が露出する、首が飛ぶ。腐乱死体の写真を参考にしてんじゃないかと思える腐れっぷりには唖然となった。オヤクソクだが、噛まれたら感染してゾンビになっちゃうわけで、一匹ゾンビがあらわれたら、後はネズミ算のように増殖していく。ゾンビは痛みも疲れも感じない。おまけに怪力だ。さらに関節とかもどうなってんのか分からない。とてつもなくひん曲がった体で、人間様に襲いかかる。もちろんゾンビはブッ殺していい。いや、動いてる死体だから殺すもクソもない。でも、英雄君も他の人々もゾンビ現象だって認識がなかなか持てないもんだから、すぐには虐殺ゲームのスイッチが入らない。これ、どうなってんの!? 殴っていいの? とオタオタ遠慮してるうちに次々噛まれたり、喰われたりしてゾンビになっていく。コワイしキモイのに、どうしようもなくオカシイ。掃除中にゾンビになったおばちゃんがモップを目に突っ込んだまま徘徊してたり、折りたたまれた形でババアゾンビが疾走したり、アフロなゾンビが「あいーん」(by志村けん)をエンドレスで繰り返したり、グロテスクを突き抜けて笑うしかない光景が次々登場。ほんとに恐怖と笑いは紙一重ってことを実感できちゃう。

 もちろん我らがヒーロー、英雄君もいい味出してる。大パニック進行中なのに、駅から脱出する時には「キセル」を気にするし、大破したタクシーや、無人のコンビニにお金置いてきたりするもんね。もうカネなんか何の価値もないし、法律も道徳も蒸発しちゃってんの、小市民気質が抜けない。命懸かってるのに、周囲の顔色をうかがって、気をつかいまくる。「バカか、オメェは」とツッこんでしまいましたよ。ホントに使えない野郎だぜ。俺ならもっと上手くやんのに。とりあえずホームセンター行ってサバイバルに使えそうなもんかっぱらうとか、無人の警察か銃砲店を見つけて武器を調達するとか、いろいろあるだろうに。もう、なんか序盤における日常での不器用さが、パニック後のセカイでもそのまんま受け継がれているわけだ。このあたりもまたリアル。人間、簡単には変われないんだよね。できれば、英雄君にはどんな展開になっても一皮剥けないで欲しい。多少は「成長」するにしても、読者の優越感(ダメダメじゃんコイツ)を満足させ、想像力(俺ならこーするね)を刺激するイマイチ使えないヤツとしてジタバタしていただきたい。それこそが、全く新しい、花沢健吾のみが描けるクソリアルなヒーロー像なのではないか?
(文=永山薫)

●永山薫(ながやま・かおる)
1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した『マンガ論争勃発』シリーズ(昼間たかしとの共編著・マイクロマガジン)、『マンガ論争3.0』(n3o)などの著作がある。

アイアムアヒーロー 4

オチ漫画。

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最終更新:2012/10/11 16:25
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