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羽生結弦の「目指している世界」を考えてみた/スケオタエッセイスト・高山真が見た四大陸選手権

――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる”アイドル”を考察する。超刺激的カルチャー論。

1702_takayama01.jpgフジテレビ「四大陸フィギュアスケート選手権」ページより

 フィギュアスケートの四大陸選手権、男子は本当に大激戦でした。だからこそ、選手側ではなく、中継スタッフ側にフラストレーションがたまってしまった私。フィギュアスケートの演技中に足元を映さないなんて…。ステップシークエンスのときに上半身しか映っていない、ジャンプの踏み切りの直前までエッジが映っていない…、そんな場面が何度あったことか。オリンピックまでには改善されていたらいいけれど…。

 前回の女子編に続きますが、今回は羽生結弦に絞って書いてみたいと思います。全選手のことを書こうと思ったら、「ウザい」を通り越した長さになってしまうのが、書く前からわかってしまうので…。とにかく非常にクオリティの高い、驚きも感動もたっぷりの大会でしたので…。

 もちろん、宇野昌磨にもネイサン・チェンにも大感激しました。そして実は、今シーズンいい意味で一番私を驚かせてくれているのはボーヤン・ジンだったりもします。彼らのことは、世界選手権の直前あたりに、またお許しをいただけたら書かせていただこうと思います。ええ、ウザいくらいにたっぷりと…。

「男子シングルは、完全な4回転時代になった」と、私は以前、グランプリファイナルの観戦記で書きました。それに加え、今回は、「それぞれの選手が、ジャンプ以外の部分をどのように磨き、どのような『完成型』をイメージして、プログラム全体を向上させようとしているか」がより明確に伝わってきたような気がします。

 選手たちとそのコーチたちは、異常な高難度のジャンプを組み入れながらも、プログラム全体としての「完成」を目指しています。昨年の終盤に発売された雑誌「Number」では、羽生結弦のコーチ、ブライアン・オーサーが羽生に「トータルパッケージが大事だ」と伝えていることが記されていますし、海外のフィギュアスケートの中継では、20年以上前から実況者や解説者が、すべての面において素晴らしいパフォーマンスを披露した選手を「トータルパッケージ」とか「コンプリートパッケージ」という表現で褒めています。

 この四大陸選手権の、フジテレビのフィギュア関連の番組でも、高橋大輔さん(引退された方なので敬称つき)が、4回転4回転と繰り返すアナウンサーに「トータルパッケージ」の重要性を説いていました。さすが、「現役時代には」などという枠を超え、「フィギュアスケートの歴史」において傑出したミュージカリティを持つ選手が言うと、説得力が違います。

 フィギュアスケートは、その名の通り「氷の上に図形(フィギュア)を描く」スポーツです。ジャンプの得点配分が大きいのは確かですし、実際問題、多くの観客がいちばんに沸くのもジャンプではあります。しかし、現代はもちろん昔においても、「ジャンプの種類と数」が勝敗を決めたことはない、と私は思っています。

 たとえば、アレクセイ・ヤグディンとエフゲニー・プルシェンコが壮絶な火花を散らし、その中に本田武史(本田さんの現役時代のお話なので、敬称略で)が割って入ろうとしていた1999年~2002年の時代。私にとっては男子フィギュアの黄金時代のひとつです。しかし、この時代であっても、4回転の種類も、4回転を跳ぶ数も、アメリカのティモシー・ゲーブルと中国のミン・ジャン(張民)のほうが上でした。

 それでも、ヤグディンとプルシェンコが出場する大会では、金メダル候補はいつもヤグ&プルだったし、実際ヤグ&プルがフリーで1つミスをしたくらいでは、順位に入れ替わりはなかったわけです。「4回転時代」の雄、ヤグ&プルが高く評価されていたのは、「彼らが4回転を跳ぶから」ではなく「4回転を入れて、かつ、トータルパッケージとしてすぐれているから」でした。

 そして現在、トップを走る選手たちは、それぞれの方法論、それぞれのアプローチで、個人個人でオリジナルの「トータルパッケージ」を目指している。今大会は、それが非常に明確になったという意味で、私にとっては本当に「面白く、かつ、凄い大会」だったのです。その部分を中心に、羽生結弦に関して、私なりに感じたことを書いていきたいと思います。

●羽生結弦
 昨年の終わり、グランプリファイナルの感想をエッセイにまとめた回で、私は、羽生結弦のプログラムの密度について、「ショート・フリーとも、助走があれだけ少ない構成で、あれだけのことができてしまう。褒め言葉として使いますが、異常なレベルです」と書きました。

 4回転のジャンプを跳ぶときでさえ、準備のための「漕ぎ」はせいぜい3回。あとはずっと足を踏みかえ、前方向(フォア)と後ろ方向(バック)にエッジを切り替えつつ、体を滑らかにターンさせつつ(ジャンプの回転とは逆の、時計回りにターンすることも。ジャンプを回るための勢いを、わざわざ相殺しにかかるかのように)…と、目まぐるしいステップを踏み続けている。それなのに、ジャンプを跳ぶために必要なスピードや勢いが増していくのです。加えて、着氷後にもなんらかのトランジションを組み入れています。こういった一連の流れが、「ジャンプを跳びつつも、ジャンプだけではない『トータルパッケージ』を見せる」という狙いのひとつなのでしょう。フリープログラムのトリプルフリップの前後のステップなんて、何度見ても意味がわかりません。

 女子編で書いた、ケイトリン・オズモンドについての感想とも少し重複しますが、「イン・アウト」と「フォア・バック」のエッジを組み合わせて、「右足・左足」のどちらか片方の足で滑っていく、この8種類の組み合わせの密度がとんでもない選手だなあ、と、羽生結弦の演技を見るたびに思います。「プログラム全編にわたって、なんらかのステップを踏み続けている」というのが、大げさな表現ではないのです。

 スケーティング技術の高さでいえば、パトリック・チャンも本当に素晴らしいのですが、羽生とチャンのスケーティングは、先ほど書いた言葉をもう一度使えば、「アプローチ」が違うように私には思われます。チャンは、厳密な体重移動とひざや足首の柔らかさで、「スピード&重厚感」を信じられないほど高い次元で両立させている。対して羽生は、「ものすごいスピードの中で厳密な体重移動をして、ひざと足首の柔軟性も自在に操っている」ところまではチャンと共通しているのに、なぜか「体重をまるで感じさせない」のです。そして、それこそが「羽生結弦のオリジナリティ」のひとつであると思います。

 私は、羽生とチャン、どちらのスケーティングも大好物なのですが(今回の出場選手では、宇野昌磨とジェイソン・ブラウンも!)、彼らの間に「点数」という「差」をつけなくてはいけないジャッジにも、本当に高い能力が求められていると思います。

 さて、そんな羽生の「スケーティング」の中でも、特にツボな部分を箇条書きにしてみます。今回は、ショートのみに特化してあげてみたいと思います(ジャンプやスピンに関するツボや、フリープログラムのツボまで書いたら大変なことになるので…。もしお許しをいただけるなら、世界選手権の前か後かで、フリーのツボを書いてみたいな、と)。

◇スタートのひと蹴りで、片足のフラットエッジに乗る。そこから、“えらいこっちゃ”な勢いのアウトサイドにチェンジエッジし、きっちり90度まがって見せたあと、再び“えらいこっちゃ”な勢いでフラットエッジに。この間、体がぐらついたりスピードが落ちたりということが一切ない。非常に個性的なエッジワーク。エッジを、単に「深く」「速く」使うのではなく、「深浅」や「緩急」のレベルで操っていることが、この最初のムーブだけでわかる。

◇「緩急」という観点から。4回転のループを着氷し、ドラムの音が激しく鳴り出してから3~4秒後あたり。左足のインサイドエッジを見事に使った滑らかで大きなカーブが、途中から急激にスピードアップしたと思ったら、次の瞬間には見事に右足に踏みかえられている。何度見てもハッと息をのみます。

◇「緩急」でもう1ヵ所。ステップシークエンスの中の、急激な方向転換。右足のインサイド全体を使って、それまでの豊かなスピードを急に落としているのに、なぜか「止まる」瞬間がまったくないまま、滑らかに真後ろの方向に進み始める部分。一応、「真後ろ方向に進むため、途中から左足のバックアウトエッジを絶妙にブレンドしている」ことは見えるっちゃ見えるんですが、アイスダンスならともかくシングルでは見たことがないムーブです。

◇ムーヴズ・イン・ザ・フィールド(およびそれに類する動き)の途中で、重心を置く位置や体重をかける場所を意識的に変えても、スピードが落ちない。ステップシークエンスのズサーッ(←左足のエッジだけで滑るうえ、上体の体重がどんどん後ろにかかっていきます)でも、スピードが落ちない不思議さについては以前にも書きましたが、4回転ループ着氷後の、イーグルのポジションの変化もかなりの驚き。片ひざを曲げてポジションを変化させてからのほうが、むしろスピードが上がるような感じです。演技中、助走つきで、こういうムーブをした選手は過去に何人か知っていますが、4回転ジャンプのトランジションでこれを入れるのは、褒め言葉として使いますが、やはり異常なレベルです。

 そして、こうしたエッジワークのほとんどが、曲のリズムや音符と見事にシンクロしているわけです。私個人は、そんなスケーティングから、「音楽そのものとの一体感」を受け取ります。ちょっとポエミーな表現になってしまいますが、「氷は大きな楽器。その大きな楽器を演奏する『指』や『弓』や『バチ』に相当するのが、エッジ」という感じ。「この曲はスピーカーから流れてきているのではなく、エッジが演奏しているのかも」みたいな錯覚を起こさせるほどの「何か」を感じるのです。

 私にとって、現役の男子選手の演技の中から、その究極を挙げるとすれば…、迷いに迷って、2015年グランプリファイナルの羽生結弦のショートプログラム『ショパン バラード1番』と、2016年四大陸選手権のパトリック・チャンのフリー『ショパン 革命~24の前奏曲4番~スケルツォ1番』しょうか。ま、これは、私がクラシックのピアノ曲が異常に好きなのと、大いに関係があると自覚していますが。

 余談ではありますが、そういう性格なので、ラフマニノフのピアノコンチェルトで滑る選手にも、すごく弱いのです。伊藤みどり(伊藤さんの現役時代のお話なので敬称略)のアルベールビルシーズンのフリーや、浅田真央のソチのフリーなんて、見るたび涙が出てくるし、高橋大輔(高橋さんの現役時代のお話なので、ここも敬称略)の2005年スケートアメリカのフリーや、ミシェル・クワンの1998年の全米選手権のショートはいまでも傑作中の傑作だと思っています。そうそう、2002年のヨーロッパ選手権は、アレクサンドル・アブトのフリーが素晴らしかっただけに、アブトに勝ってほしかった…。

 さて…………。「羽生に絞って書く」と宣言しても、結局この長さ…。この「まとめ能力」の欠如、物書きとして致命的です。いや、もちろん、それだけ語りたくなる魅力を備えた選手ですからね、羽生は。つか、今回の四大陸選手権に出場した選手たちは、誰もが(超いいわけくさいわ、我ながら…)。

では、また3月に…。

高山真(たかやままこと)
男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』(小学館)で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という題名で書籍化。人気コラムニスト、ジェーン・スー氏の「知的ゲイは悩める女の共有財産」との絶賛どおり、恋や人生に悩む多くの女性から熱烈な支持を集める。月刊文芸誌『小説すばる』(集英社)でも連載中。

最終更新:2017/02/25 20:00
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