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 >   > 『新感染』が教えてくれた、力を持つ人間が「弱さ」を盾にしてはいけないということ
【wezzy】

『新感染』が教えてくれた、力を持つ人間が「弱さ」を盾にしてはいけないということ

 公開から18日で興収二億円を突破したという韓国映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』は、どんなに絶賛してハードルを上げたとしても期待を裏切らない映画です。

 あらすじは、ソグという父と娘のスアンがKTX(高速鉄道)に乗ったところ、同時期に韓国で広まっていた感染すると狂暴になってしまうウィルスに侵された女性が乗りこんでいて、車内にウィルス感染者が蔓延。乗客たちは感染者と闘い、逃げまどいながらKTXは釜山を目指す……というものです。

 こうして書くと単純な設定ですが、ホラーとしての描き方も迫力満点な上に、何といっても人間ドラマの部分が秀逸です。この映画で私は、4回ほど泣くエピソードがあったと思っているのですが、ひとつひとつ違う人物の人間ドラマによるものだったのも驚きでした。またこの映画は、主人公・ソグに注目すると、パニック・ホラー版『そして父になる』であるとも考えられるのです。

自分勝手な父親・ソグは特別な存在ではない

 ファンドマネージャーのソグは、倫理観よりも利益を優先し、仕事が忙しすぎて家庭を顧みず、妻には出ていかれ、娘へのプレゼントは、前にあげたものをもう一度あげてしまうような人物です。その上、「自分が娘を育てたい」というエゴは持っています。これらのシーンを見ていると、物議を醸した『牛乳石鹸』のCMに出てくるお父さんを思い出してしまいました(むしろ冒頭部分ではソグのほうが酷い父親ですね)。

 パニックに陥っているKTXの中でも、ソグは自分と娘のスアンだけが大事で、スアンがお婆さん姉妹に席を譲ると、「あんなことしなくていい」と言ってしまいます。ただ、非常時に自分のことが一番になってしまうのは、人間としてはありえないことではありません。映画の中にも、自分勝手な行動をとる人物は複数いて、特に同じKTXに乗り合わせていたバス会社の常務のヨンソク(と言ったところで、誰? という感じですが、観た人にはすぐわかると思います。あのおっさんです)は、欲が服を着て歩いているような人物として描かれていました。この人の行動を見ていると、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を思い出しました。

 また、この映画にはセウォル号の一件が影響しているのではないかとも思えてきます。というのも、NHK・BSプレミアムでやっていた『アナザーストーリーズ「セウォル号沈没事故~生死を分けた101分~」』で、『新感染』に出てくるような出来事が実際にもあったということを知ったのです。セウォル号の船内には、異変に気付いて甲板近くに出ていたけれど、ギリギリまで船内の学生たちを助けようとしていた人たちもいたそうです。一方で、乗組員たちは混乱してSOSすら発信できなかったというし、乗客を見捨てて逃げようとした乗組員の話も有名です。パニックになったときに、こんな凄惨な結果にはならないようにという思いが、この映画の中にも込められているのではないかと感じました。

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『新感染』で描かれている「強さ」と「弱さ」

 この映画、日本でも面白いと話題になっていますが、これを日本映画で表現するのはかなり難しいのではないかと思います。なぜならば、この映画では登場人物の「強い」「弱い」がかなり明確に描かれているからです。日本では、どんな立場の人にも、等しく弱さがあるという方向では語られますが、誰かと誰かを比べて、強いとか弱いとかを決めるのは苦手ではないでしょうか? どちらかというと、物語の中でも、犯罪者の生きていくつらさ(弱さ)を描いたりするもののほうが上手いのではないかと思います。

 イメージがうまくできない方は、松本人志さんが先日、パワハラについて語ったときに「強いものイジメ」という言葉を使ったことを思い出していただけたらわかりやすいかもしれません。日本では「強いものだって弱いのだ」と主張する人はけっこういるように思います。それは、自分の「強さ」や「弱さ」が相対的に規定しにくい世の中だからではないかと思います。

 『新感染』で「強い」ということは、腕力の場合もあれば、体力、権力、立場などの場合もあり、さまざまな状況でそれぞれに力が強いか弱いかがきちっと規定されています。だから、松本さんのように発言力も権力もある人は、ひとまず自分をある意味では「強い」という位置におかなくてはなりません。

 また『新感染』の中では、力のある「強い」ものは、自分よりも力のないものを抑えつけてはいけないということが、はっきりしています。これは、パワハラをしてはいけないと考えるときの基本ですし、サム・ライミの監督した『スパイダーマン』の中の「大いなる力には大いなる責任がある」というセリフや、『キャプテン・アメリカ』の中の「強者は生まれつき力が強く力に敬意を払わない、だが弱者は力の価値を知っている。そして哀れみも」というセリフにもつながります。力があるということは、すごく極端にいうと、それだけ「悪」に近いものとされるのです。

 そこから考えると、どう見ても腕力のあるドンソクは妊婦である自分の妻をはじめとして、絶対に弱いものをしいたげることはしません。ソグがファンドマネージャーであることを聞くと「悪徳商売人だ」と言ったりしますが、それは、ソグがお金を持った(というよりもお金を自在に操るというイメージでしょうか)強者であるということをベースに、強者同士の力関係があるからこそ言えることなのです(それでも、ちょっと職業差別ぎみに聞こえるところはありましたが)。

 スアンがお婆さんの姉妹に席を譲るのは、子供のスアンよりも、高齢の姉妹のほうが、体力という面では弱者であるからです。見方を変えれば、ソグがスアンに「そんなことしないでいい」といったのは、自分にとって娘は絶対的に弱き存在であるから、高齢の姉妹よりも椅子に座るべきだと考えているからでしょう。ただそれは、客観的にみた、相対的な「弱さ」の基準ではなく、主観的な自分の感情による基準でしかないのです。

 反対に、おっさんのヨンソクが終始、悪者たりうるのは、ヨンソクがバス会社の常務という権力を持った人であり、その権力を利用して、外部とコンタクトをとったり、またKTXの車掌を威圧感でもって支配関係に持ち込みアゴで使ったり、また自分は謎のウィルスに感染していないということを「強さ」や「正しさ」として利用し、感染の疑いのある人たちを排除しようとしたからです(このヨンソクもまた人の子であり、弱い人間であるということも描かれましたが、この映画ではそれが罰を免れる条件にはなり得ません)。

 ソグもまた、自分の地位を利用して、軍の知人に自分と娘だけが助かる情報をもらい、実際に自分たちだけ他の乗客と違うルートで逃げようとしたりするという部分では、ヨンソクと同じ力の使い方をしていると考えられます。ソグも職業的(=金銭的)、人脈的な力を自分のためだけに利用した悪人の一人なのです。ある時点までは。

 ソグの場合は、腕力は悪のためには使いませんでした。そして、力を正当に使うことが、ソグを変えるきっかけにもなるのです。

【ここから終盤のネタバレを含みます】

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 ソグが、自分の力と悪を自覚するのは、会社の部下であったキム代理に、この騒動の発端が、自分たちが仕事の上で助けていたユソン・バイオ社にあることを知るシーンです。ソグにそのことを告げたキム代理は「僕たちの責任じゃありませんよね」と言って電話口で泣きじゃくります。それを聞いたソグは「キム代理に責任はない」と返しますが、鏡で血まみれになった自分の顔を見て、顔や手についた血を洗い流すのです。

 ここは、映画の中でもかなりぐっとくるシーンになっていました。ソグが「責任はない」と言ったのはきっと罪を認めたキム代理をこれ以上責められないと感じた上で出た優しさであり、また自分自身の罪の意識を強く持ち、受け止めたのだと思います。仕事としてユソン・バイオ社と接していたやり方も、また父として家族に対して接していたやり方も正しくなかった、と。ここでソグは「父に」なれたんじゃないかという気がしますし、これまでの自分の罪を考え、死を覚悟していたのではないかとも思うのです。

 罪を持ったものは、裁かれるべきという考えが根底にある韓国の物語には、かなり因果応報を信じて作られているところがあります。だから、ソグの結末を知ると、父は自らの罪をそこまで背負わなければいけないのだろうか? と思い、苦しくなる人もいるかもしれません。

 冒頭で私は、ソグを見て「牛乳石鹸」のお父さんを思い出したと言いました。あのCM動画の父親は、父であるけれども、自分にだって「弱さ」があるだという存在として描かれていたかと思います。子供とも妻とも同じように「弱さ」のある存在だからこそ、父にだって殻に閉じこもる権利もあるのだ、と。あの父親は殻の象徴であるお風呂に入って、もやもやとした感情を洗い流して出てきます。あのシーンを良い方向に解釈すれば、「弱さ」に胡坐をかきたい自分のエゴを洗い流して、なんとか「父」としてやっていこうという気持ちという風にはとれるにはとれます。ただ、毎回風呂でリセットするっていうことは、根本的なところでは、変わっていないというわけです。ソグのように鏡で自分の顔を見つめ直すというシーンでもあれば違ったかもしれません。シーンひとつで、それを表せるのだから、映画ってすごいですよね。

 日本の空気の中にいると、誰にも「弱さ」があるということはあまりにも当たり前すぎて、「弱さ」を前にしても、人間には力の差が存在しているということは、無効にされがちです(その最も表面に現れたのが、先ほど紹介した松本人志さんの発言でしょう)。でも、力の差を無効化しては、この『新感染』の感動は描けないのです。『新感染』は、エンターテイメントとしてもすぐれている上に、「強さ」と「弱さ」は、種類や状況に寄って異なるということも教えてくれる素晴らしい作品でした。


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