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【緊急インタビュー】究極のロックンローラーの真実

あのジョニー大倉が激白! 仰天死亡説の真相からキャロル再結成の行方まで(後編)

jookura2.jpgキャロルと矢沢永吉という存在には、複雑な思いが
あることがうかがえたジョニー氏。

前編はこちらから

キャロルだけの音楽 矢沢永吉への複雑な思い

ジョニー(以下、J) 僕は横浜で生まれて、外人の居住区に住んでたから「ジョニー」なのね。おやじは荷役の親方だったけど、5歳のとき死んだ。二号さんだった僕のおふくろは血筋が韓国ということで、3人の子どもを連れて川崎の朝鮮人部落に身を寄せたけど、おふくろは日本で生まれたある種の”日本人”なんですよ。だから耐え難くて1年といられなかった。それで、日本人の社会に入った。僕は自分がコリアンだと思ったことはないんですよ。5歳の頃から英語をしゃべれるし。不思議な在日だった。当時は、学校でなぜ石投げられるのか、意味がわからなかった。北朝鮮の帰還事業が行われていたことが関係していたというのは、あとから知ったんです。

高須(以下、T) 私は日本人だけど、金嬉老が近くに住んでて、けんかのやり方は彼に教わった。今、「高須は韓国人」と言われることがあるけど、あえて否定してません。むしろ、日本人に生まれた自分が結構つまらないなと思うくらい。芸能界でも、韓国人じゃないと、最後のところは入れてくれないんだよ。

J 僕が高校2年で中退して音楽を本格的に始めた頃、おふくろは「スナック美香」を開店しました。そこへアルバイトにきたかわいい人がエミリーさん(妻)だった。僕が19歳で、彼女が18歳。僕は童貞だった。昔、エレキ持つということはモテたいってことなんだけど、僕はまじめに音楽を仕事にしたいと思ってた。不思議な青年だった。

T すごい純愛じゃない。

J でも、そのあと悪いことをいっぱいしちゃったけどね。そして、楽器屋に矢沢さんが出したバンドメンバー募集の告知を見てキャロルになった。当時、スナック美香には、左翼の人がよく来てた。赤軍派とかああいう人たちの中には、今でもキャロルのファンと称して、つながりを残している組織があるという噂話があるんですよ。

T 京浜安保共闘が70年頃終わって、蒲田、川崎あたりにいちばん怖いヤツらが残ってたといわれてるね。私は今でも危ない。この間は全学連の残党に腕を刺されて大変だったよ。そういえば、キャロルの解散ライブではセットが炎上したけど、あれは演出?

J あれは火薬の事故ですね。

T あれを見て青春が終わったなと思った。ちょうど私はおもちゃのトミーに入社して数年たった頃で、キャロル解散の前年、おもちゃ見本市を大手町で開いたの。そしたら初日、200メートルと離れていない三菱重工ビルがドカーンと爆破された。すぐに私宛てに電話がかかってきて、「高須、ざまあみろ」って……。私はまったく関係ないのに、警察から「おまえがやったんだろう」って疑いをかけられて大変だった。あの炎と解散ライブの炎が重なるんだよ。ところで、永ちゃんについてどう思います?

J 矢沢さんは、基本的には相容れないタイプの人間。似た者同士のように見えて、人生の方向性が水と油のようだった。僕が矢沢さんを表現するなら、「世紀の自信家」であり、「自己愛に満ちた人」であり、「現実主義者」であり、「新興宗教『ヤザワ』の教祖」と言ったところかな。俗世間の中での生き方がとてもうまくて、成功者となるために、あくなきまでに自己愛を注入することによって、正論でなくても、あたかもそうであるがごとくにしてしまう。そんな強い上昇志向と意志力を持った、僕には決してまねできない人でした。ただ、キャロルという大きな戦車に乗るクルーであったことは確か。

大倉家のためにキャロル年金がほしい

T キャロルは青春だった。ジョニーはまだ今年57歳。私たち団塊の世代よりも少し下なんだけど、私はキャロルを見てカタルシスを覚えてた。やりたい放題のキャロルは、弟分みたいな感じ。たった3年で爆発的に売れたということもかっこよかった。あの頃の全学連のやつらは、今もこっそり聴いてるはず。キャロルの再結成はある?

J 今回、怪情報が流れたときに、ビジネス的にもキャロル再結成を望む音楽関係者から連絡が来ました。彼からしたら、俺が死んだら商売にならないから心配だったというのもあったのかもね。矢沢さんには、再結成に関しては、成功者としてのいろいろな思いがあると思うけど、キャロルの権利関係について動いている有象無象がいるから、そのあたりがはっきりしないと無理じゃないですか。

T キャロルのメンバー4人がそろわないと、できない音楽があると思う?

J 4人じゃないとできない、不可思議なサウンドはありますね。超一流の人とやっても表現できない。矢沢さんはベースマンとしてはピカイチとはいえないけど、めちゃくちゃなように見えて、誰もまねできないキャロルのすばらしきベースでした。

T その音楽を、商売の話は抜きにして、もう一回体験したい?

J いや、いいです。矢沢さんは今は「大衆音楽をやる」と決めたみたいですし。キャロルのファンは今でも革ジャン着て、僕のライブを見にきますよ。今、日本の若者は黒人音楽に占領されてるけど、もう一度、僕らの音楽”キャロリズム”をわからしめて、後世に伝えたいという気持ちはあります。あとは大倉家のために”キャロル年金”がいただきたい。

T キャロル年金とは、いい言葉だ。家族のためにキャロルとしてもう一稼ぎしたいというのは、純粋な想いだ。

J 僕たちは、70年代を代表する日本の「ロックンロール」というカルチャーをつくったんです。自分が「偉い」と言いたいんじゃない。ただ、キャロル号という戦車が70年代を巻き込んでいったのは事実。それを日本人はリスペクトしない。テレビはくだらないことばっかりやってるでしょ。誰かと誰かがくっついたとか、離れたとか。どうして日本はこんなだらしがないんだ。

T 最近だと、石田純一がまた騒がせたね。彼はジョニーと同世代だけど、いつもへらへら薄ら笑いを浮かべてるんだよ。ジョニーも私もああいう薄ら笑いはしない人生だもん。大笑いか、大泣きか、本気で怒るか。そういう人生。今日はどうもありがとう。
「サイゾー」7月号より)

じょにー・おおくら
1952年生まれ。71年にキャロルを結成しデビュー。ギター、ヴォーカル、作詞を主に担当し、「ファンキー・モンキー・ベイビー」などヒット曲を飛ばす。75年、キャロル解散。その後俳優に転身し活躍する一方、ソロアーティストとして、真のロックンロールを追求している。ちなみに、公式プロフィールでは、長い間、「1951年生まれ」となっていたが、帰化するに当たって韓国から戸籍を取り寄せたときに、52年生まれであったことが判明したという。「戦後10年ぐらいは、在日にはそんなことがよくあったんだよ」(ジョニー)。

燃えつきるキャロル・ラストライブ

1975の伝説!

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最終更新:2009/09/06 15:00

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