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萱野稔人の"超"現代哲学講座 第7回

どうしてサンデルはヒットした!? 萱野稔人が読み解く『これからの「正義」の話をしよう』

国家とは、権力とは、そして暴力とはなんなのか……気鋭の哲学者・萱野稔人が、知的実践の手法を用いて、世の中の出来事を解説する──。

第7回テーマ
「哲学のベストセラー、分配の正義」

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[今月の副読本]
『これからの「正義」の話をしよう』

マイケル・サンデル著/早川書房(10年)/2415円
1人殺せば5人助かる状況で、その1人を殺すべきか。前世代の過ちは後世代が償うべきか。正解のない正義をめぐる哲学の問題から格差社会、倫理概念を問うハーバード大学史上最多履修数を誇る名講義を活字化。


 2010年の哲学界で起こった最大のニュースといえば、なんといってもマイケル・サンデル著『これからの「正義」の話をしよう』が大ベストセラーになったことでしょう。10年末の時点で60万部を突破し、哲学書としては驚異的な売り上げです。といっても、決してわかりやすい本というわけではありません(値段もそこそこします)。具体的な事例から政治哲学における本質的な問題を論じていくサンデルの語り口はとても明快で魅力的ではありますが、やはりそれでも難解な本であることには変わりありません。そんな難しい本がここまで売れたというのは、哲学界にとってはちょっとした事件でしょう。もちろんハーバード大学でのサンデルの講義がNHK教育テレビで『ハーバード白熱教室』として放映されたことが、この本の売り上げにとっては大きなパブリシティになりました。しかし、そのテレビ放送だけでここまで売り上げが伸びたのかといえば、決してそうではないでしょう。

 ではなぜ、サンデルの本はここまで読まれることになったのでしょうか? 今回はそれを考えてみたいと思います。

 ポイントは「正義」というタイトルです。おそらく、300ページを優に超えるこの本のボリュームと内容を考えるなら、本を購入したすべての人が最後まで読破し、内容を理解したというわけではないでしょう。であれば、まず考えるべきは、なぜ今「正義」などという、少々古くさくてきまじめな言葉を冠した哲学書に多くの人が惹かれたのか、ということになります。

 これに関して興味深いのは、サンデルがこの本の中でまるまる一章を割いて「アファーマティブ・アクション」について論じていることです。アファーマティブ・アクションというのは「積極的差別是正措置」などと訳される言葉で、例えばアメリカでは、これまで差別され社会的に不利な状況に置かれてきたマイノリティ(アフリカ系アメリカ人やメキシコ系アメリカ人)に対して、大学入学における定員割り振りなどで特別に優遇措置を取る、ということを指しています。しかし、こうした是正措置に対しては、マジョリティである白人アメリカ人から「逆差別だ」という批判がしばしばなされます。入学定員の割り振りで人種的な特別措置を取ることによって、同じような成績でも白人学生は不合格になり、マイノリティの学生は合格になることがあるからです。実際、アメリカでは、アファーマティブ・アクションに対して、万人の平等な保護を保障した合衆国憲法に違反するのではないかという訴訟がいくつもなされています。ただしサンデルはこれを、憲法の問題としてでなく、倫理の問題として論じるのです。

 このことがよく示しているように、同書の中でサンデルが論じている「正義」とは、主に「分配の正義」にかかわっています。今の例でいえば、大学の入学定員という「社会的資源」をどのように分配すれば正義にかなったものとなるのか、ということですね。ほかにもサンデルは、マイケル・ジョーダンのような高額所得者にどこまで課税し、所得を再分配すべきか、などの問題も論じています。もちろんこうした分配の問題は決して今になって出てきた問題ではありません。しかし、その分配の正義を改めて考察しなくてはならない、という問題意識がサンデルの正義論を特徴付けているのです。

 したがって、なぜ人々はサンデルの本にここまで惹きつけられたのか、という問いは次のように言い換えられます。つまり、なぜ人々は分配の正義を改めて考察しなくてはならないと思うようになったのか、と。

最終更新:2011/02/05 15:30
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