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その時“ITの素”が生成された! デジタル・フロンティア・スピリット第3回

「IT開発者はラリってた!?」PC開発とドラッグの深い関係

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「IT開発者はラリってた!?」PC開発とドラッグの深い関係 – Business Journal(10月12日)


post_843.jpgぐるぐるぐるぐる……。「Wikipedia」より

 第1回で取り上げたダグラス・エンゲルバートというエンジニアは、幻覚剤のLSDを試したこともあった。それは、60年代のカウンター・カルチャーを象徴するドラッグがコンピュータ開発の場にも紛れ込んだことを示しているが、その過程をひも解く前にカウンター・カルチャーについてざっと整理しよう。

 ヒッピー、コミューン、ドラッグ、ロック、ビートニク、公民権運動、ベトナム反戦、ゲイ解放……。カウンター・カルチャーとは60年代に米国の若者たちによって隆盛したそれらの総称で、既存の文化や体制に反抗した点で、各運動は共通する。サンフランシスコ・ベイエリアを中心地とするそんなカウンター・カルチャーは、それぞれが連動して67年に“サマー・オブ・ラヴ”というハイライトを迎えた。この時代のアメリカにおけるドラッグやコンピュータについて、『パソコン創世「第3の神話」』(NTT出版)の訳者・服部桂氏はこう話す。

「アメリカは原爆を日本に落とし、第二次世界大戦を終結させました。ただ、原爆は何発か落としたら世界が滅び得る究極のテクノロジーだったので、戦後の冷戦が第三次世界大戦に発展することに、人びとは本気で怯えました。その緊張が緩和されずに新たにベトナム戦争が始まり、アメリカでは大学生くらいの若者が徴兵されるようになった。彼らはテレビを通じて、同世代の自国の人間がベトナムで殺されるのを見てショックを受け、自分も同じ戦場で死ぬかもしれないことに不安を覚えたのです。そうしたストレスや不安からの逃げ場としてドラッグが使われました。また、理系の学生ならコンピュータ開発も逃げ道で、軍が兵器開発を依頼していた大学で、ベトナム戦争でのシミュレーション・プログラムなどを研究すれば、戦地に行かずに済んだのです」

 では、ドラッグとコンピュータ文化はどう交差したのか。スイス人科学者アルバート・ホフマンが43年に幻覚効果を発見したLSDの伝道師としては、ハーバード大学で幻覚剤の研究をしていた心理学者ティモシー・リアリーや、コミューンを率いてLSD体験イベント「アシッド・テスト」を全米で行った作家ケン・キージーなどが一般的に挙げられるが、現在明らかになっている事実を追いたい。

 そこでキーパーソンとなるのが、シリコンバレーにあったアンペックス社でテープレコ―ダーのビジネスを手がけた技術者マイロン・ストラロフだ。50年代、「人間は手つかずの潜在能力を持つ」と主張するスタンフォード大学の商法学者ハリー・ラスバンの瞑想集会「セコイア・セミナー」にストラロフは加わり、そこで出会った作家ジェラルド・ハードよりLSDという新薬とそれをカナダから調合しにやって来るアル・ハバートという人物の話を耳にした。米国が原爆開発時にウランの闇取引をした疑いもある男だが、興味を持ったストラロフは彼と会い、LSDを体験すると、それが人類の進歩を促す道具になると確信。やがてLSDの研究会を立ち上げ、アンペックス、ヒューレット・パッカード社、SRI(スタンフォード研究所)などに属す少数のエンジニアたちを、サイケデリック薬の世界へ誘った。

 さらに、アンペックスの役員会でLSDを用いた研究プロジェクトを提案するが却下されたため、61年に同社から退いて国際高度研究財団を設立。それは、500ドルでLSDと人間の創造性に関する各研究課題へ参加できる組織で、シリコンバレーの優れた科学者、研究者、技術者など350人以上に実験が行われた。そこにダグラス・エンゲルバートもいたのは、コンピュータによる人間の知性の拡大という自身の研究と通じる部分があったからだ(第1回参照)。66年に米食品医薬品局の要請で財団の公式実験は終了するが、すでにベイエリアではLSDを治療に導入する精神科医や心理学者がおり、ビート作家もLSDを用いて創作。60年代後半にはLSDと各種運動が連動してカウンター・カルチャーの大きなうねりは全米に浸透し、軍の出資を受けるSRIやスタンフォード大のキャンパスにも波及、後にパーソナル・コンピュータを生み出す若者をインスパイアしたのだ。

「サイケデリック・ドラッグであるLSDを摂取した当時の人びとは、視覚が歪んだりグルグル回ったり、未知の体験をしました。そして精神が解放され、抑圧された人間の潜在能力が拓かれるように感じ、国の世話にならなくても個人でクリエイティヴなことができると思う人もいた。まあ、気が大きくなっただけかもしれませんが、そんな幻覚剤はほかのカウンター・カルチャーと結びついたり、不安な時代だったために流行っていた自己啓発セミナーのような集会で瞑想と併せて用いられたりするなか、ストラロフはLSDが人間の創造性を強化する道具だと考え、コンピュータ開発にその幻覚剤が導入されるようになったのです。

 このような時代に、人びとの望む社会が中央集権的なものから個々人の集合体へとパラダイム転換が起きたといえます。そんな新しいヴィジョンをベイエリアの若者はLSDによって仮想的に見た。当時のコンピュータ開発はそれに追いつきませんでしたが、その流れをシステム的に支えたことで後に西海岸で最初のパーソナル・コンピュータが誕生し、インターネットのような形で個人が分散化した環境が実現したわけです」(服部氏)

 とすると、IT文化の発展にはLSDが不可欠だったのか? 服部氏は続ける。

「ドラッグ・カルチャーとコンピュータ文化が交わったことに必然性はなかったと思います。実際、60年代の西海岸で多くの若者はラリっていただけですからね(笑)。ただ、仮にLSDがなかったらパソコンが生まれたのか? 各家庭にはいまだに昔のIBMの冷蔵庫みたいなコンピュータがあり、中央制御的なシステムで管理されていたのかもしれない」

 言うまでもなくLSDは現在、米国でも日本でも違法薬物であるため、推奨するわけではないが、あの時代のサイケデリック・カルチャーはITの歴史を語る上で避けては通れない事柄なのだ。そんな幻覚剤とストラロフの財団の実験で出遭い、68年に雑誌「ホール・アース・カタログ」を創刊したスチュアート・ブランドという人物の話を次回はしよう。
(文責=砂波針人)

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最終更新:2012/10/16 07:00
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