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『ヘイトフル・エイト』は何を告発するのか? タランティーノ最高傑作が描くアメリカの闇

【リアルサウンドより】

 「恐らく、これは俺の最高傑作と言えるだろう」 

 南北戦争終結後のアメリカ、冬の山岳地帯の山小屋を舞台にした密室殺人ミステリー西部劇『ヘイトフル・エイト』 についての、タランティーノ監督自身の発言である。この変則的とも思われる題材の作品が、なぜ彼の「最高傑作」と言えるのだろうか。

 クエンティン・タランティーノは弱冠31歳にして撮った『パルプ・フィクション』で、カンヌ映画祭最高賞(パルム・ドール)を獲得し、「映画界の寵児」と呼ばれた、紛れもない天才監督である。いわゆるB級映画を中心とした、自分の愛する映画作品の引用を駆使し、時系列を組み換えながら構成する『パルプ・フィクション』が、まずフランスで大きく評価されたというのは必然的かもしれない。既製品を利用し、全く別の意味に昇華させてしまう芸術分野の手法を、最も的確に映画作品で成功させ、タランティーノ自身もファンだというジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』がそうであるように、この作品は、いまだに同時代や後進の映像作家達が、程度の差こそあれ、嫌でもその作風を意識せざるを得ないという呪縛を作り上げたのである。

 『パルプ・フィクション』一作によって、アートフィルムの頂点を極めたタランティーノだが、それ以降、その突出した作風は段階的に抑えられていき、最も実験的だった『デス・プルーフ』が興行的に失敗すると、『イングロリアス・バスターズ』、『ジャンゴ 繋がれざる者』などで、映画に対する俯瞰的なスタイルを弱め、今まで引用していたはずのB級作品そのものに接近していったといえるだろう。本作『ヘイトフル・エイト』でも、既製の楽曲ばかりをコラージュするのでなく、マカロニ・ウエスタン音楽の「本物」の巨匠でもあるエンニオ・モリコーネに、オリジナルスコアを依頼している。タランティーノは若い頃に、サム・ペキンパー監督の『ワイルドバンチ』、ジョン・ブアマン監督の『脱出』という二本立てを観て衝撃を受けたという。このような鮮烈な劇場体験が、彼の原点にあるのだ。そこに描かれた、研ぎ澄まされた緊迫感とヴァイオレンス、アメリカ社会に対する問題意識など、映画本来の興奮へのあこがれが、本格派に進もうとする彼を突き動かしてきたといえるだろう。

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 ゴダール同様、自宅に映画館並みの上映設備を所有しているタランティーノは、『ヘイトフル・エイト』で、さらなる「映画ならでは」の興奮を求めて、映画の上映形式が最も爛熟した時代にさかのぼろうとする。それが”Ultra Panavision 70″という、今までに10作しか撮られていないという、視界全てを席巻する規格の使用である。しかし本作の、舞台劇のような密室でのシーンばかりの撮影に、そのような大掛かりな撮影方法が必要だったのかという声は多い。

 この形式で撮られた1962年の超大作に『西部開拓史』という、当代一流の映画監督達や出演陣を集結させた、西部劇映画最大の作品がある。この映画は未曾有のスケールで、アメリカの大地と山河を、人々の生活と冒険を、そして南北戦争の情景を、ときに美しく、ときに残酷に写しとっている。本作『ヘイトフル・エイト』の劇中では、舞台となる室内を、北軍側と南軍側に分けて地名に見立てるシーンがある。それに呼応するかのように、70mmで撮られる室内の映像は、小さなセットを撮っているはずなのに、フォーカス外の極端な映像のボケと横長の画面によって、凄まじいまでの遠近感を感じる映像になっている。まさに『西部開拓史』の大地や山河のようにである。つまり、ここでの山小屋の室内は、セリフの上で「アメリカ」として表現され、またアメリカそのものとして撮影されているということが理解できる。カメラが部屋の一方に向くたびに、アメリカのひとつの風景を描いているということになるのだ。そしてアメリカに様々な人種や立場が存在するように、室内では、黒人を忌み嫌う南部の白人、その南部人をあざ笑う北軍側の元軍人など、複数の人種や立場に置かれた罪深い者達が、互いを偏見の目で見つめ、敵意をぶつけ合い、武器を奪い合い、つかの間交流をするのである。

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