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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.517

大量殺人事件は近代と現代との境界線で起きた!! 真相を闇に葬る“村社会”への挑戦状『眠る村』

大量殺人事件は近代と現代との境界線で起きた!! 真相を闇に葬る村社会への挑戦状『眠る村』の画像1
5人の女性が亡くなった昭和の怪事件「名張毒ぶどう酒事件」の真相に迫る東海テレビのドキュメンタリー映画『眠る村』

 平成時代の閉幕まで残り数カ月。だが、まだ真相が解明されていない昭和の大事件が残されている。1961(昭和36)年に三重県と奈良県の県境にある小さな集落で起きた「名張毒ぶどう酒事件」がそれだ。東海テレビ報道部のドキュメンタリーチームの歴代スタッフが総力を注いだドキュメンタリー映画『眠る村』は、闇に包まれたままの昭和の怪事件の謎に迫り、さらに罪なき男を死刑囚に仕立てた司法界の不可解さに斬り込んだ渾身作となっている。

 山村に言い伝えられる伝説や因習をモチーフにした『八つ墓村』や『悪魔の手毬歌』などのミステリー小説で知られる昭和の人気作家・横溝正史の世界に迷い込んだような恐怖を感じる。三重県名張市からさらに山奥へと入った小さな集落・葛尾で開かれた恒例の懇親会で事件は起きた。懇親会に参加した女性たち20人にぶどう酒が振る舞われ、ぶどう酒を口にした女性17人が倒れ、そのうち5人が亡くなった。何者かがぶどう酒に毒物を混入したのだ。

 懇親会に出席していた奥西勝さん(事件当時35歳)はこの事件で奥さんと愛人を同時に失うが、警察から三角関係の精算を目的で犯行に及んだと疑われ、自白を強要される。まだ幼い2人の子どもを家に残してきた奥西さんは、「家族が村落民によって迫害され、大変苦しんでいる。お前が犯人だと自白するより他にない」と迫られ、警察が用意した自白調書を認めてしまう。

大量殺人事件は近代と現代との境界線で起きた!! 真相を闇に葬る村社会への挑戦状『眠る村』の画像2
奥西勝さんは獄中死を遂げたが、兄の無念を晴らすために89歳になる妹・岡美代子さんが弁護団と共に再審を請求する。

 奥西さんが自白に応じたことで、集落の人たちの言動が変わる。それまでの証言を取り消し、奥西さんしか犯行に及ぶことができないようなアリバイ証言へと変わった。まるで口裏合わせをさせられたかのように。だが、裁判が始まると奥西さんは「自白を強要された」と無罪を主張。有力な証拠がないことから、一審は無罪を勝ち取るが、二審では一転して死刑判決。戦後の裁判で一審無罪、二審で逆転死刑という判決はこの事件以外はない。1972(昭和47)年に最高裁でも有罪を言い渡され、奥西さんの死刑が確定した。奥西さんが無罪なら、真犯人は誰なのか。日本の司法は大量殺人鬼を野放しにしているのかと非難されることは明白だった。奥西さんは小さな集落の平穏を、いや日本という村社会の秩序を守るために、人身御供に選ばれてしまったのだ。

 1959(昭和34)年に開局した東海テレビは、開局直後に地元エリアで起きたこの怪事件を追い続けてきた。名古屋から片道3時間を要する事件現場へと通い詰めた。死刑が確定した奥西さんには家族と弁護人、もしくは一部の支援者しか面会することが許されなかったが、東海テレビ報道部は現場の取材を続けた。そして、1987(昭和62)年放送のドキュメンタリー番組『証言~調査報道・名張毒ぶどう酒事件~』を皮切りに、検察・司法側の問題点を訴えてきた。

 唯一の物的証拠はぶどう酒の王冠に残っていた歯型だったが、検察が裁判所に提出した歯型の鑑定写真が奥西さんの歯型とは異なる可能性があることを指摘した。また、奥西さんが毒性の強い農薬ニッカリンTを所有していたことも容疑の一因となっていたが、残されたぶどう酒からはニッカリンTを混ぜた際に生成される成分は検出されていない。弁護団は繰り返し再審を請求してきたが、裁判所はかたくなに再審を拒んでいる。

 拘置所の独房で、奥西さんはいつ処刑されるか分からない恐怖と毎日闘い続け、2015(平成27)年10月に獄中死を遂げる。享年89歳。ほぼ半世紀にわたって自分の無罪を塀の内から訴え続けた生涯だった。


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