昼間たかしの100人にしかわからない本千冊 60冊目

長野県で天皇陛下に出会う話『アホウドリの人生不案内』

2019/02/15 21:00

『アホウドリの人生不案内』(百人社)

「アホウドリ」を自称して、あちこちの妙な人を訪ねることに人生の多くの時間を費やしたルポライター・阿奈井文彦。76年の生涯の中で、けっこうな数の本を上梓しているが、自称である「アホウドリ」を冠したタイトルの本が多いあたり、けっこう自分のやりたいことだけをやりまくった人生といえるだろう。

 その中の一冊である『アホウドリの人生不案内』(百人社)。おそらく、ここで取材した相手のほとんどは、すでにこの世の人ではなかろう。中には、取材して雑誌の記事にした頃には意気揚々だったが、単行本に収録するにあたって連絡を取ると亡くなっていたという人もいる。

 ともあれ「アホウドリ」の中に、どういった興味が湧いたのか。心惹かれるままに、日本列島あちこちの市井の人々へと取材の記録は綴られていく。かれこれ20年も前から自分の葬式の準備をしっかりと整えているという熊本の老人。この道ウン十年のタクシー運転手。はたまた、長嶋茂雄やら山口百恵やらと、たまたま有名人と同姓同名だった人を訪ねて、その人の人生を聞く。あちこち、妙な人を訪ね回って「アホウドリ」は、時には天皇陛下にも出会う。

「アホウドリ」が天皇陛下に出会ったのは、長野県は上田市の郊外。最寄り駅は下之郷駅とあるから別所線の沿線である。そこには確かに平屋の“皇居”があった。出会った天皇陛下は、御年32歳。無遅刻無欠勤で上田市内の印刷会社へと通っている。

 いやいや、正気を失ったかと思えば違う。陛下が語るのは祖父からの教え。明治天皇の皇子であった祖父は、暗殺を避けて平民となり、この地に至ったというのである。

 世を忍ぶ仮の姿で、毎日印刷機を回している陛下。「アホウドリ」は、そんな人となりを、懇切丁寧に綴っていく。批判もなければ、称讃もなく。ただ、丁寧に。ともすれば「どうでもいいや」の一言で終わる話は、その精緻な文体によって、温かみを得る。

 単に個人の面白さをネタにするのではない。市井の人々への真摯な視線が、そこにはある。
(文=昼間たかし)

最終更新:2019/02/15 21:00

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