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テレビウォッチャー飲用てれびの「テレビ日記」

月亭方正、ある芸人の証言と“落ち” 「もうね、報われる」

「そのかわりお金はもらうぞって思ってん。だって魂殺すねんもん」

 ダウンタウンの番組で「おもろない」キャラが確立された方正。内心ツラさを抱えていたが、恥ずかしくて誰にも相談できなかった。実力が伴わないのに人気だけが上がっていく状態もツラかった。そのうち、芸人引退を決意するようにもなった。

「もう辞めようと思った。ホンマに辞めようと思った」

 だが、辞めるまえに半年だけ頑張ろうと思った。なぜなら「このまま辞めたらホンマにおもんないから辞めたって思われる」から。そんな癪なことはない。そんな悔しいことはない。だから、あと半年と期限を決めて踏ん張った。

 そのときに、アホ、ヘタレ、面白くないといったキャラクターを「もう受け入れよう」と思った。受け入れた上で「おもろいわ!」と言い返そうと思った。その上で、ひとつ心に決めた。

「そのかわりお金はもらうぞって思って。だって、魂殺すねんもん。芸人としての、俺の描いてた芸人像の魂を殺すねん。その殺した代わりに対価としてお金はもらいますっていう」

 キャラクターを受け入れた上で、半年だけ頑張る。それでも自分の気持ちが変わらなかったら、そのときには芸人を辞めよう。そう決意した。しかしその半年後、レギュラー番組は9本に増えていた。れっきとした人気芸人になっていた。

 方正は振り返る。自分の描いていた芸人像、自分がやろうとしていたことはただのエゴだったのかもしれない。世間に求められることと合致して初めて、芸能の世界では活躍できるのかもしれない。そんなものかもしれない。ただし――。

「そのかわり、自分が思ってた芸人像はグッと伏せたよね。箱に閉じ込めた」

 それが20代半ばのことだった。そこから40歳ごろまで、彼は世間がイメージする山崎邦正を貫き続けた。

 しかし、40歳を手前にした方正は、再び”落ちた”。

「こんだけ人気があって、みんな知ってる存在やのに、何これ、なんにもないやん俺」

 方正の思い描く芸人像。それは「芸をやる人」だった。

「お客さんの目の前で、生で目の前のお客さんを楽しませるっていうのが俺の芸人像であるから。それがやっぱりね、できてなかってん」

 営業先で自分が舞台に登場すると、客はみんな喜んでくれた。しかし、自分は舞台の上で披露できるネタは何もない。客は徐々に無言になっていった。一方、舞台に軸足をおいてきた芸人たちは、登場でも客が沸き、ネタでも笑いをかっさらっていく。40歳手前にしてそういうことが何度か続いた。

「落ちてね僕。完全に落ちてもうて。アレ? って思って。俺こんだけ人気があって、みんな知ってる存在やのに、何これ、なんにもないやん俺。なんにもない。俺、20年頑張って頑張ってテレビとかいろいろやってきて、これなんやったんやろうって、そんときにズッコーンって落ちてん」

 そして、「これはアカン」と思った。自分は絶対に目の前の客を笑わさなければいけない。「おもろい」芸人にならなければならない。箱の中に押し込めていた思いが、再び沸々と湧き上がってきた。

「蓋してたやつがボッコボコボッコボコなって」

 だが、今から自分に何ができるだろう? 吉本新喜劇の経験はあるので、それをやろうとも考えた。しかし、1人ではできない。変わらなければいけないが、何をすればよいかわからない状態が続いた。

 そんな折、自分の悩みを先輩に吐露した。東野幸治だ。

「落語聞いたらええやん。枝雀師匠、おもろいで」

 東野はそう言った。当時の方正は、テレビは古典を潰していかなければならないと思い込んでいて、落語にはずっと目を向けずに来ていた。

 だが、先輩からのアドバイスは無視できない。試しに桂枝雀の落語を聞いてみた。ハマった。毎日、枝雀の落語を2~3席聞く日々が続くと、次第に自分でもやりたくなってきた。枝雀の口調をマネて少し練習してみた。すると気づいた。落語には若者が出てくる、家主が出てくる、おばちゃんが出てくる、子どもが出てくる。さまざまな登場人物を1人で演じ分ける。これは、1人でやる新喜劇ではないか。そうフッと気づいた。

「その瞬間、よっしゃー! って言ったもん」

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