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「優生学に直結する」と思考停止するほうが問題だ! 「遺伝子社会学」が追究する“格差”の正体とは? 

不平等と遺伝的影響を研究した「ネイチャー」論文

――海外の遺伝子社会学の状況について簡単に教えてください。

桜井 断っておくと、この本で「遺伝子社会学」と呼んでいる我々のような試みは、英語圏ではsociogenomics、biosociology、evolutionary sociologyと呼ばれたりしています。アメリカではSociogenomicsという名前が主流になりつつありますね。おおよその動向は『遺伝子社会学の試み』で三原武司先生が書いた論文「進化社会学的想像力 3つの進化社会学ハンドブックの検討と進化社会学的総合」にまとまっていますが――つまり、三原先生の論文では「進化社会学(evolutionary sociology)」という語を採用したものについてまとめているわけですが――、学問はどの分野でもだいたい、まずイノベーターが出てきて、沸騰期があってわーっと盛り上がった後、落ち着いてくるとハンドブックが刊行される、という流れになっています。この分野のハンドブックは海外ではすでに3冊も出ているくらい定着しているんですね。
 研究者の自身の力点の違いもあります。DNAは縄ばしごがねじれた構造になっていて、父方と母方からの2つの情報を持っています。その縄ばしごの1段分をSNP(一塩基多型)と呼びます。数年前は、ある縄ばしご1段をターゲットにして、それをひとつひとつ読んでいた。有名なのは「日本人のお酒に弱い・強い」ですね。単純化していえば、縄はしご1段の違いで、それが決まっていた。それに対して、ヒトの30億塩基×2=60億塩基すべて読むべきだと考えるわけです。実際には100万個くらいある代表的なSNPを読むのですが……。「なるべく全部読もう」というほうが英語圏では主流になりつつありますね。

――具体的にどういう研究成果がありますか?

桜井 例えば、イギリスでは20万人を超えるデータを元に、学歴や収入などとの相関に関する研究が出てきています。社会経済的不平等のいくつかに遺伝的影響が寄与している、という論文が「ネイチャー」のオンラインオープンアクセスで見ることができます。
 ただ、ひとつの一塩基多型だけでなく、多くの一塩基多型を合成した結果、社会的な効果に影響があるということはコンセンサスになりつつある。
 また、先ほども言った通り、後天的な環境からの影響もあります。だから、遺伝が影響しているとしても、政策なり教育なりを通じて環境に介入することで、格差を是正できる余地は少なからずあるだろうという考え方です。
 つまり、特定の一塩基多型が「金持ち遺伝子」であって、それを持っている/持っていないが決定的に重要だ……みたいな単純な話ではない。現に、身長や収入、学歴がこれで決まるというような、たったひとつの特定のSNPは見つかっていません。そういうものを見つけようということに関しては一時期ほどの熱はないですね。

――でも、『遺伝子社会学の試み』ではセロトニントランスポーター遺伝子多型やオキシトシン受容体遺伝子の一塩基多型とツイッター利用率やスマホゲーム頻度、「生きにくさ」の感じ方について関係があった、ということが論文に書かれていますよね?

桜井 そこは正直に言うと、英語圏に比べてパラダイムが半周遅れています。我々の取り組みはわずか3年の科研費プロジェクトだったので、予算も限られている中では縄ばしごたったの3段分と行動や意識との関係を探ることしかできなかった。それでもやってみる価値はあったと思いますよ。被験者数が少ないという問題はあるものの、ツイッターをやる頻度や生きづらさを感じる度合い、スマホゲームの頻度とその人の遺伝情報との間に統計的に有意な結果が出ましたから。
 私たちは新年度も科研費に応募していまして、96人分の66万塩基が一度で読めるジャポニカアレイというゲノム解析ツールを使って分析しようと思っています。それを使えば、ようやく英語圏で行われているような多数の一塩基多型の合成的成果と行動や意識、社会的達成との関係を研究することができる。ですから、まずは日本でもようやく始まった研究の足がかりとして今回の本は受け取ってもらえればと期待していますし、今後の本格的な研究に注視してもらいたいと思っています。

●プロフィール
桜井芳生(さくらい・よしお)
鹿児島大学大学院人文社会科学研究科教授。一橋大学社会学部卒業、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。社会学修士。カリフォルニア大学アーヴァイン校批判理論研究所、ロンドン大学ロンドンスクールオブエコノミックス社会学科、スタンフォード大学科学史科学哲学プロジェクト、ハーバード大学社会学科の各客員研究員を経て現職。

マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。

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最終更新:2021/04/14 10:00
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