『鎌倉殿』で源頼朝、木曽義仲らが「源氏の棟梁」を名乗る理由と、親の“ステイタス”

文=堀江宏樹(ほりえ・ひろき)

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

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源頼朝(大泉洋)と武田信義(八嶋智人)|ドラマ公式サイトより

 『鎌倉殿の13人』第12回の放送では、政子の「後妻(うわなり)打ち」がネットで話題になったようです。京都の風習として紹介されていましたが、確かに平安時代中期の藤原道長の日記『御堂関白記』にも「宇波成打」の表記で登場するほど、古くからある風習ではありました。ただ、それには厳格なルールがあり、男性から離別された妻(前妻)が、その男性にスピード再婚された場合に(目安は約1カ月)、後妻の家に予告した上で、何人かの女性陣が押し入って家中をめちゃくちゃにする“権利”があった、というのが正しいのです。前妻本人は、暴れることはできないとされました。江戸時代でも行われていたほど、息の長い風習でしたが、そういう基本的なルールが変わることはありませんでした。

 ですから、少なくともドラマのように具体的に手を下す存在が男性ばかりで、家屋を(ちょっとだけにせよ)打ち壊そうとしていたという描写は、歴史的には違うといわざるをえません。ただ、ドラマはともかく、史実の北条政子は特に予告もせず、亀の前の住む屋敷をペチャンコにさせているため、「後妻打ち」という表現を使った『吾妻鏡』は、彼女の鬼の所業をマイルドに表現しようとしていたのかもしれません。今回の放送ではそういうことも考えてしまいました。

 さて、今日の本題は木曽義仲(=源義仲、青木崇高さん)という人物についてです。ドラマの公式サイトの人物紹介では「源氏の棟梁の座を争う頼朝のライバル」とされている木曽義仲ですが、「甲斐源氏の棟梁」と紹介されている武田信義(八嶋智人さん)を含め、頼朝を合わせると『鎌倉殿』には3人の「源氏の棟梁」を自称する人物が登場していることになります。木曽義仲の人物像について語る前に、「源氏の棟梁」とはなんぞや、という問題について少しお話しましょう。

 後世の我々の認識では定番のようになっている「源氏の棟梁=源頼朝」は、源平時代では自明ではなかったのでしょうか? その質問については「YES」と答えるしかありません。正確にはそれぞれが「源氏の棟梁(候補)」と名乗っていただけでしかないのです。3人の候補者の中でも、後世に「鎌倉幕府」と呼ばれることになる軍事政権を打ち立てた源頼朝が、他をリードしていたとは言えるでしょうが……。

 源頼朝と木曽(=源)義仲の先祖の一人が、「八幡太郎」の異名をとるカリスマ武将・源義家だったことは有名です。しかし、源義家の祖父にあたる源頼信という人物は(その父・満仲の)三男であり、長男ではありません。長男の家系でないのに「源氏の棟梁」になれるのかと思われるかもしれませんが、当時は生まれた順番より、母親の実家の地位や、父親のステイタスが子どもの立場を大きく左右するため、「三男を先祖としている人間が源氏の棟梁を名乗ってよいのか?」という問題についてはクリアだと考えてよいでしょう。

 ちなみに武田信義は、源義家の弟・源義光の子孫です。しかも、義家・義光の兄弟は同じ母親(平直方の娘とされる女性)から生まれています。出生順位についてはさほど重視しない当時の感覚であれば、ドラマの武田信義が「自分は頼朝と同格、いや、私は頼朝とは違って流罪になっていないから、あいつなんかより実力もステイタスも上なんだ」と言わんばかりの主張をする理由にも筋が通るというものです。頼朝のほうは武田信義のことを「遠縁の人間」程度にしか考えていないようでしたが……。

 それでは木曽義仲はどうでしょう? ドラマの頼朝が、これまでイトコにあたる木曽義仲の存在にノータッチ、ノーコメントであった理由を、史実と結びつけるのであれば、自分の祖母の“威光”あってのことだと考えられるかもしれません。

 源頼朝の父である義朝と、木曽義仲の父である義賢(よしかた)は異母兄弟です(義朝が兄、義賢が弟)。それゆえ、この時点ではどちらが「源氏の棟梁」を名乗っても大差ないように思えるかもしれません。しかし、頼朝の父・義朝の母親は、白河院の寵臣・藤原忠清の娘だったというステイタスが「木曽義仲よりは格上である」と、少なくともドラマの頼朝の中では“勝敗”を決めたようです。

 木曽義仲の父・義賢の母親は、系図に「六条大夫重俊娘」とだけあり、詳細がわかりません。遊女だったと考える研究者なども多いようです。ただ、平安時代後期の「遊女」という言葉は、娼婦を意味するわけではありません。もともとは高位の家に生まれながらも、父親や兄弟からの庇護を何らかの理由で受けられず、結婚もうまくいかなかった女性が、宮中行事や儀式で人員が必要な際にフリーランスの女官として勤めたり、あるいはそれなりに地位のある男性の愛人となって、その見返りに生活の援助をしてもらうという場合、遊女と呼ばれたのです。傍目には文字通り「遊んで暮らす女」ですが、実際は「高級愛人業」。ハードモードの人生だったとは思います。

  ということで、なんにせよ家柄では、「白河院の寵臣・藤原忠清の娘」を祖母にもつ頼朝に対し、遊女ともいわれる「六条大夫重俊娘」が祖母の義仲は“惨敗”といわざるをえません。

 しかし……仮に義仲が、頼朝より自分こそ源氏の棟梁にふさわしいと主張するなら、その根拠は父親のかつての地位にあったと思います。

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