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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.745

“浅草キッド”の世界は実在する! 芸で結ばれた表現者たち『絶唱浪曲ストーリー』

“浅草キッド”の世界は実在する! 芸で結ばれた表現者たち『絶唱浪曲ストーリー』の画像1
浅草「木馬亭」に立つ港家小そめ。チンドン屋と兼業している異色の浪曲師だ

 ビートたけし原作、劇団ひとり監督によるNetflix映画『浅草キッド』(22)は、寄席の世界で生きる師匠と弟子の濃密な関係を描いた実録ドラマとして人気を博した。同じく浅草にある古い演芸場を舞台にしたドキュメンタリー映画が、川上アチカ監督の『絶唱浪曲ストーリー』だ。知る人ぞ知る大ベテラン浪曲師・港家小柳(五代目)に弟子入りした港家小そめの視点から、浪曲という大衆芸能の世界が魅力的に描かれている。

 浪曲を聞いたことがない人でも、「食いねぇ、食いねぇ、寿司を食いねぇ」「馬鹿は死ななきゃ、なおらない~」といった台詞や節は耳にしたことがあるのではないだろうか。戦前・戦後に大人気だった浪曲師・広沢虎造(二代目)が流行させたフレーズだ。

 戦後の全盛期には3000人いた浪曲師だが、今では100人程度に減ってしまった。それでも、浅草の「木馬亭」で毎月1日から7日の1週間にわたって開かれる定席には熱心なファンが集まり、明治時代初期から始まったとされる伝統的話芸の歴史が今も育まれている。演目は親子の情愛や親分子分の関係を描いた義理人情ものが多いようだ。

 2013年、そんな浪曲の世界に小そめは飛び込んでいった。女子美術短期大学卒業後はチンドン屋をしていたことから、声質がよく、愛嬌もある。小そめが師匠として仰ぐのは、14歳で弟子入りし、18歳で座長となって旅回りをしてきた港家小柳。小さい体ながら、小柳師匠が体を絞るように発する“節”は、寄席全体を支配するパワーに満ちている。小柳師匠の芸にぞっこんとなり、弟子入りした小そめだった。

 浪曲師には、三味線で伴奏する曲師が欠かせない。小柳師匠につく曲師の1人が、2022年で100歳を迎えた玉川祐子師匠。愛知に自宅のある小柳師匠は、東京での寄席の際にはいつも祐子師匠が暮らす赤羽の団地に泊まる。祐子師匠の団地に小そめも通い、稽古をつけてもらう。

 稽古がひと段落すると、人生の大ベテランたちのガールズトークが花開く。芸はすごいが生活能力は頼りない小柳師匠、そんな小柳師匠を巧みにフォローする祐子師匠。生きた伝説のような2人の会話に、楽しげに耳を傾ける小そめ。伝統芸を継承する厳しさだけでなく、古き良き時代が残してきたものすべてをカメラは記録しようとする。

 小そめの本音もつぶやかれる。昔ながらのチンドン屋の世界で生きてきた彼女にとって、現代社会は息苦しいものだった。そんな中で見つけたのが、小柳師匠たちがいる浪曲の世界。スクリーンを観ている我々も、昭和時代にタイムスリップしたかのような不思議な感覚に陥る。

客席をエネルギーの渦に巻き込む師匠の至芸

“浅草キッド”の世界は実在する! 芸で結ばれた表現者たち『絶唱浪曲ストーリー』の画像2
独特のグルーヴ感でファンを魅了した五代目港家小柳

 港家小柳が初めて独演会を開いた様子を追った33分間のドキュメンタリー作品『港家小柳IN-TUNE』(15)に続き、8年がかりで本作を完成させたのが川上アチカ監督だ。小柳師匠に出会うまでは、浪曲を知らなかったという。浪曲の何が、川上監督を魅了したのだろうか。

川上「落語は聞いたことがあるかなくらいで、寄席演芸についてはまったくのビギナーだったんです。詩人で歌手の友川カズキさんのファンの方に勧められて港家小柳師匠を初めて聞きに行ったことで、浪曲を知りました。小そめさんとまったく同じ印象を受けたのですが、『今の日本にこんな人がいたんだ!?』という驚きでした。いい意味で妖怪っぽい存在に感じられたんです。小そめさんが小柳師匠が居候する祐子師匠のお宅に通っていらしたので、私もお稽古を撮影させていただくためにカメラを持ってお邪魔するようになったんです」

 浪曲の魅力を、川上監督はラップの世界に例えて説明してくれた。

川上「浪曲は門付芸をルーツに持ち、大道芸から始まったと言われています。ストリートの文化ですよね。ある種の野蛮さも感じさせます。浪曲は戦後に大ブームがあったわけですが、ラップの世界でマイクひとつで成り上がろうとするのに似たものを感じます。浪曲は“一人一節”といって、自分だけの独特の節を身につければ、お客を集めることができたそうです。ラッパーたちが自分のフロウを生み出すのと同じような感覚でしょうか。特に小柳師匠はバラシがすごいと言われていました。浪曲では構成上の序破急の急の部分をバラシと呼ぶそうなんですが、物語のクライマックスで、小柳師匠が放つ“啖呵”と呼ばれる台詞と、節との畳み掛けはすさまじくて、客席までエネルギーの渦に巻き込まれるような感覚でした」

 ラップがストリートカルチャーから生まれたように、浪曲も生きづらい時代に脚光を浴びる芸能なのかもしれない。

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