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お笑い評論家・ラリー遠田の【この芸人を見よ!】第91回

野性爆弾 「遅れてきた吉本最終兵器」がブレイクを果たした秘密とは

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(よしもとアール・アンド・シー)

 8月1日、千原ジュニア(千原兄弟)とロッシー(野性爆弾)が主演する映画『無知との遭遇』が公開された。2人がロケで訪れた村には、ある秘密が潜んでいた。それは、村民全員が宇宙人だということ。やがて巨大UFOが現れ、ロッシーは宇宙規模の戦争へと巻き込まれていく。千原ジュニアの演技力とロッシーの天然キャラの魅力が詰まった異色の作品になっている。

 今田耕司、東野幸治、雨上がり決死隊、千原ジュニアといった関西芸人が本格的にブレイクしたここ数年の間に、彼らに引っ張り上げられるようにして、関西中心に活躍していたマニアックな芸風の芸人たちが、続々と全国区に進出している。ケンドーコバヤシやバッファロー吾郎はその典型だ。そんな中で、文字通りの「最終兵器」として、満を持して今年に入ってから本格的にテレビ出演の機会を増やしているのが、野性爆弾である。

 野性爆弾は、川島邦裕とロッシーから成るお笑いコンビ。次長課長、ブラックマヨネーズ、チュートリアル徳井といった売れっ子を輩出する大阪NSC13期の出身。吉本芸人が総出演する2009年正月の特番『今年も生だよ!新春7時間笑いっぱなし伝説』(テレビ東京系)では、占いの結果、川島が見事に「最も売れる吉本No.1芸人」に選ばれていた。その頃からお笑いファンの間では何かと気になる存在ではあった。

 野性爆弾のネタは、「爆弾コント」と呼ばれている。川島が、手作りのかぶりものや小道具を駆使して、難解で意味不明な世界を展開していく。デビュー当初から、この芸風は全く変わっていない。一般客には分かりづらく、つかみどころのないネタばかりだが、芸人や業界人、お笑いマニアの間では、ありきたりではない彼らの芸に対する評価は高かった。彼らの芸は、一種の「珍味」として愛好されていたのだ。

 一応設定の上では、川島がボケでロッシーがツッコミを担当している。だが、ロッシーは、吉本ナンバーワンと言われるほどの超絶天然キャラで知られる人物。彼のツッコミは、常識を代弁するという意味でのツッコミの体を成していない。川島が作り上げる世界観にロッシーは一方的に引っ張り込まれ、それを肯定も否定もせずに淡々と受け入れていく。

 野性爆弾は、笑い飯とは別の意味での、真の「ダブルボケ」を駆使するコンビである。笑い飯の場合、漫才中にボケとツッコミを交互に入れ替えているだけで、その都度きっちりとツッコミはツッコミとしての役割を果たしてくれる。いわば、瞬間ごとに見れば、笑い飯はかなりオーソドックスなボケとツッコミの応酬をやっていると言える。

 だが、野性爆弾にはそれがない。川島の破天荒なボケに、ロッシーのツッコミボケが重なり、ボケとボケの化学反応を誰も止められなくなる。彼らのネタを見るときには、観客の側が心の中でつっこんであげなくてはいけない。それは、業界人やお笑いマニアにはたやすいことだが、一般人にとってはかなりの難題である。普通に見れば、はっきりしたツッコミのない彼らのネタは、どこでどう笑えばいいのか分からない。野性爆弾のコントが、これまでずっとマイナーな地位にとどまっていた原因はそこにある。

 そんな2人に近年ようやくブレイクの兆しが見えているのは、きっちりとツッコミに回ってくれる先輩芸人と共演する機会が増えてきたからだろう。千原ジュニアや今田耕司が、確固たる立場から常識を受け持ってくれることで、川島はのびのびとふざけることができるし、ロッシーは無邪気に微笑んでいればいい。吉本芸人がバラエティー番組の世界を席巻したことで、この2人のキャラクターを受け入れる土壌ができたのだ。

 お笑い界で異彩を放つ制御不能の2つの爆弾。野性爆弾の大ブレイクという爆発へのカウントダウンはもう始まっている。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)

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野爆がブレイクするって、すげぇ時代。

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●連載「この芸人を見よ!」INDEX
【第90回】野沢直子 今振り返るカリスマ女芸人の「先駆者としての比類なき存在感」
【第89回】サバンナ 野生の勘で芸能界を疾走する「発展途上のロジカルモンスター」
【第88回】東京ダイナマイト 破壊なくして創造なし! ハチミツ流「笑いのセメントマッチ」
【第87回】トータルテンボス 進化を止めない本格派コンビを育てた「M-1急転直下の挫折劇」
【第86回】ロッチ  シンプルな構図でコントに魂を吹き込む「関係性のスペシャリティ」
【第85回】山崎邦正 ダウンタウンによって強制開花した「ヘタレの天才」が巻き起こす奇跡
【第84回】フルーツポンチ 確かな演技力でポストバブル世代に現出した「キザ男のリアリズム」
【第83回】よゐこ 爆発力と切れ味で支持層を拡大する「自然体のシュール」
【第82回】バッファロー吾郎 マニアック芸人の権化が極めた「もうひとつの天下」
【第81回】ドランクドラゴン 完璧な構築物に風穴を開けて回る「鈴木拓のガッカリ力」
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【第09回】東京03 三者三様のキャラクターが描き出す「日常のリアル」
【第08回】ジャルジャル 「コント冬の時代」に生れ落ちた寵児
【第07回】爆笑問題・太田光 誤解を恐れない「なんちゃってインテリ」
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【第05回】伊集院光 ラジオキングが磨き上げた「空気を形にする力」
【第04回】鳥居みゆき 強靭な妄想キャラを支える「比類なき覚悟」
【第03回】くりぃむしちゅー有田哲平 が見せる「引き芸の境地」
【第02回】オリエンタルラジオ 「華やかな挫折の先に」
【第01回】有吉弘行 が手にした「毒舌の免罪符」

最終更新:2013/02/07 12:31
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