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お笑い評論家・ラリー遠田の【この芸人を見よ!】第73回

椿鬼奴 虚栄心から自由になった女芸人の「自然体が放散する魅力」とは

oniyakkko.jpg『キュートンDVD』よしもとアールアンドシー

 お笑い芸人が仕事を通して目指すものには、大きく分けて2つの種類がある。それは、「客ウケ」と「玄人ウケ」だ。客ウケとは、舞台で客席にいる観客を笑わせたいと思う気持ちのこと。一方、玄人ウケとは、自分が尊敬する芸人や業界人などに「すごい」と思われたい、認められたいと思う気持ちのことである。プロの芸人は普通、多かれ少なかれその両方を満たすことを目的にして活動を行っているものだ。どちらを重視するべきか、どちらを目指していくのかについては、それぞれの芸人によって考え方が違う。

 もちろん、プロである以上、金を払って観に来ている観客を笑わせなくてはいけないのは当然のことだ。だが、彼らの多くは、それだけでは満足ができない、というのもまた事実なのだ。お笑いを自らの道として選んだからには、自分なりに理想とする笑いの型のようなものがある。それを、自分よりも権威のある人や尊敬している人に評価してもらって初めて、彼らは職業的な満足感を得ることができる。それはそれで、客ウケとは全く別の次元で価値があることなのだ。

 客ウケか、玄人ウケか? それらの要素は重なる部分も多く、決してそれぞれが相反する性質のものではない。だが、どちらを重視して、どういう種類の活動を進めていくか、というのは多くの芸人にとって重要な問題である。

 その点で、最近注目の女性芸人・椿鬼奴は、その種の問題に初めから患わされることがなかった、非常に珍しいタイプの芸人である。彼女の中には、客ウケか玄人ウケか、という選択肢は存在しない。結果的に客が笑ったり同業者が評価したりすることはある。だが、それらはすべて後からついてくるものに過ぎない。彼女はいつも素直に、自分がやりたいことをやっていただけなのだ。

 そして、そこに芸人特有の気取りや背伸びのようなものが一切感じられないというのが、彼女の特異なところである。格好付けようとしたり、人気取りや金儲けのためにそういう姿勢を貫いているのではなく、本気で純粋にそうとしか思っていないだけなのだ。だから、ソロ活動でも、「キュートン」というユニット単位での活動でも、椿鬼奴の芸には常に、すかっと突き抜けた潔さがある。

 彼女は、テレビに出るときでも常に自然体だが、決してお笑い的な意味での勘が鈍いわけではない。冷静に自分のやりたいことを見極めた上で、身の丈に合ったそのような芸風をまっとうしているだけなのだ。

 例えば、謎の前衛パフォーマンス集団として知られるキュートンでの活動にしても、鬼奴本人としては「前衛的なことをやっている」という意識はほとんどないに違いない。お笑い界全体の状況を踏まえて、あえて前衛的なところを目指している、というような意図的な戦略が彼女の中にあるとは思えない。

 周りを見てから自分の位置を決めるのは、劣等感の強い人間のすることだ。確かに、お笑いでは、コンプレックスが原動力になって新たな芸が生み出されることがある。だが、椿鬼奴の笑いそのように生み出されるものではない。彼女は、金、男、地位、名誉などのいずれも、さほど強く欲してはいないように見える。それらを超越して淡々とやりたいことだけをやって、そこに虚栄心も嫉妬心も卑屈さも感じさせないというのが、彼女の芸人としての最大の魅力だ。

 女性芸人は、「女性」というだけで「モテたい」「結婚したい」といった女性的な問題に囚われているはずだ、という世の中の意識があり、それが暗に彼女たちを縛っているという現実がある。だが、鬼奴は、そこからもあっさりと逃れて、酒で焼けたかすれ声で大好きなボン・ジョヴィの歌を熱唱し、仕事の合間を見つけてはパチンコに興じる。そこに一切の迷いはない。誰よりも自由で、誰よりも自然。自分の型を崩さずに淡々と活動を続ける椿鬼奴は、お笑い界の片隅にひっそりと咲く月見草である。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)

お笑いトークラリー特別編
「ラリー遠田×岩崎夏海 ~もしM-1に挑む若手芸人がドラッカーの『マネジメント』を読んだら~」
お笑い評論家・ラリー遠田が、話題沸騰のベストセラー小説「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(ダイヤモンド社)の著者である岩崎夏海さんをゲストに招いて、「お笑い」をテーマに熱いトークを繰り広げます!

【日時】5月4日(祝)
【出演】ラリー遠田
【Guest】岩崎夏海
【会場】ネイキッドロフト
OPEN18:30 / START19:30

●ラリー遠田「おわライター疾走」 <http://owa-writer.com/>
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問:tel.03-3205-1556(Naked Loft)

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●「この芸人を見よ!」書籍化のお知らせ

日刊サイゾーで連載されている、お笑い評論家・ラリー遠田の「この芸人を見よ!」が書籍化されました。ビートたけし、明石家さんま、タモリら大御所から、オードリー、はんにゃ、ジャルジャルなどの超若手まで、鋭い批評眼と深すぎる”お笑い愛”で綴られたコラムを全編加筆修正。さらに、「ゼロ年代のお笑い史」を総決算や「M-1グランプリ」の進化を徹底分析など、盛りだくさんの内容です。手元に置いておくだけで、お笑いを見るのがもっと楽しくなる。そして、お笑い芸人を通して現代が見えてくる。そんな新時代の”お笑い批評”をお楽しみください。
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●連載「この芸人を見よ!」INDEX
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最終更新:2013/02/07 12:42
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