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『ムーンナイト・ダイバー』インタビュー

自称“不遜”な小説家・天童荒太が描いた、震災5年目の「サバイバーズ・ギルト」

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■小説が社会に果たす役割と、作家・天童荒太の役割とは

──『永遠の仔』では、書いた後にぶっ倒れてしまったという話を聞きました。今回はどうでしたか?

天童 あのときは虐待された子の感情を生きたので、疲れたのは疲れたんですが、本当にぶっ倒れたのは、読者からものすごい数の手紙をいただいたときなんです。実際に自分が虐待されてきた方々から、精神科医やカウンセラーにも話さないような体験を書いた分厚い手紙がどんどん送られてきて、その体験が全部自分の中に入ってきた。それで、耐え切れなくなって倒れたという感じですね。いわゆる二次トラウマのような。今回はまだ倒れるということはないです。やっぱり慣れもあるし、『悼む人』なんかも仕事上で続けてきたので、リカバリーの仕方もわかりますし。

──小説というメディアは、社会の中でどんな役割を果たすべきだと考えていますか?

天童 「べき」とまでは考えないですね。

──では、ご自分の小説がどんな役割を果たしてくれたらなぁ、という思いを込めて書いてらっしゃいますか?

天童 小説は可能性を表現できるメディア、ある種の奇跡を見せられるメディアなので、報道とは違う、時事性とは違うものを拾い上げて、それを使ってどう人々に気づきをもたらすことができるか、人間や社会における深みにどれだけ潜っていって、人々の幸せや、本当の幸いとはなんなのかということに、どれだけ向き合って伝えられるかということは考えていますね。今回、いただいた感想の中に「被災地や被災者に対して感じていた後ろめたさを、きちんと消化する形で書いてくれて、自分としても救われました」というのがあって、そういう役割もあるんだなぁ、とは思いましたね。多くの人が実は被災地や被災者に対して、サバイバーズ・ギルトというほどではないにしろ、後ろめたさや罪悪感を持っているのではないか、そこに対しての訴えかけが届いたというのは、それはひとつ小説としての役割を果たし得たかな、というのはありますね。

──将来的に、また震災をテーマに小説を書くことはあるのでしょうか。

天童 どうだろう、今回も震災はシンボル化してしか書けなかったし、そのことが自分の小説としての意味合いだと思っているので……。考えてみると僕は、忘れられた傷とか、忘れられていく死者とか、今回だったら忘れられていく場所だったり、そういうことを表現して届ける人であって、そういう作家は日本にそんなにいないな、という。自分はそういう場所に立てているという「恵まれ」があると思うんです。『永遠の仔』以降、そういう場所に恵まれている。それは読者に置いてもらったので、多くの悲しみやつらさを抱えている人が、「自分と同じようなことを考えている、語っている表現者はいないのか」「この世界には、明るいことばっかり書く作家しかいないのか」と考えたときに「1人はいるよ」っていう作家であれればいいなと思っているんですよ。「いや、1人はいるよ」という作家で。『永遠の仔』で、自分が倒れるほどの手紙をいただいて、そこから復帰してくるときに、こんな手紙をもらえる作家は世界でも自分だけだろうと。だったら、その世界でたったひとりの作家になれればいいじゃないかと。これで生きていこうと決めたんです。

──先ほどから何度も「小説家は不遜だから」とおっしゃっていますが、その意識は『永遠の仔』以降に感じるようになったのでしょうか?

天童 より強く感じるようになったのは『永遠の仔』以降ですが、昔からあったんですよ。あのね、米が作れない、食料が作れないっていうのは、いちばんダメだなという。本来は、お米を作ってくれる人とか、食料を作ってくれる人が人間にとっていちばん価値があるし、大事だろうと思っているので、物語を作ってお金をいただくというのは……これは小説を書くより前、16歳で映画監督になりたいと思ったあたりから、「うわぁ、これは不遜な、申し訳ない仕事だよね」という意識は、すごくあります。ぜんぜん拭えないです。

──あのー、自分でも、こういうことを聞いちゃうのか、という感じなのですが……。

天童 はい?

──小説家になって、よかったですか?

天童 聞いちゃったなー。

──出てきちゃいました。

天童 いや、すっごく、よかったです。映画をやりたかったのは本当だし、自分のすべてをそっちに向けて生きていた時代もあるんですが、今、小説の世界に立っているときに、小説で書けること、表現できることって、すごく豊かだと思っているんです。例えば病気になると、なんか気持ち悪い、なんだろうこれは、というときがあるじゃないですか。そんなときに、これはこういう病気ですよと言われると、ホッとする。そういう病気だってわかったことで、それに対して何かができる。そういう言葉付け、名付けって大事だと思っていて、それに似ているんですね。言葉にならない思いだとか、なんでこんなふうに自分を責めてしまうのか、どうしてこんなに悲しいのかっていうことに対して、それはこういうことなのではないか、誰もが持っている「生きたい」という気持ちや、「生きていてもいい」という肯定感を求めるからこそ起きているのではないか。罪悪感やサバイバーズ・ギルトを抱えていても人は幸せになれるし、なっていいのではないかという、言葉付け、名付けをすることができるのは、たぶん小説だけなんです。小説は物語によって伝えるので、深層心理の感情に届く、感情に届いたものは長く続くんです。人間を根底から変化させていく力を持っている。それに携わっていることが意識できたときに、本当に小説家にならせていただいてよかったなと、心から思いますね。
(取材・文=編集部/撮影=尾藤能暢)

●てんどう・あらた
1960年、愛媛県生まれ。86年「白の家族」で野性時代新人文学賞を受賞、93年『孤独の歌声』が日本推理サスペンス大賞優秀作となる。96年『家族狩り』で山本周五郎賞、2000年に『永遠の仔』で日本推理作家協会賞、09年に『悼む人』で直木賞受賞。13年に『歓喜の仔』で毎日出版文化賞を受賞。ほか著作に『あふれた愛』、『包帯クラブ』、画文集『あなたが想う本』(舟越桂と共著)、対談集『少年とアフリカ』(坂本龍一と共著)、荒井良二画の絵本『どーしたどーした』がある。近著に新書『だから人間は滅びない』。

最終更新:2023/01/26 19:00
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