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深読みCINEMA コラム【パンドラ映画館】Vol.02

『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった

cr_main.jpg実際にあった児童誘拐事件を題材にした
クリント・イーストウッド監督、アンジェリーナ・ジョリー主演作『チェンジリング』
© 2008 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.
2月20日(金)日劇3ほか全国ロードショー

 クリント・イーストウッドは日本人である。『硫黄島からの手紙』(06)の来日会見の際に「自分は日本語の話せない日本人監督」と名乗っている。”ハリー・キャラハン”ことイーストウッド本人が言うのだから間違いないだろう。

 ユニバーサルの怪奇映画『半魚人の逆襲』(55)で端役デビューしたものの、下積み期間の長かったイーストウッドが映画スターとして産声を上げたのは『荒野の用心棒』(64)の主人公”名無し”役で。いわずもがな黒澤明監督の代表作『用心棒』(61)をセルジオ・レオーネ監督が無断でリメークした西部劇だ。このことからも映画スター・イーストウッドには黒澤作品の遺伝子が流れ、三船敏郎とは腹違いの兄弟であることがわかる。

 むしろ、イーストウッドは日本人以上に日本人だ。口数少なく、無駄なことを嫌い、あうんの呼吸で仕事のできる撮影仲間を愛し、余暇にはジャズを楽しむ。監督作には『ミリオンダラー・ベイビー』(04)のヒラリー・スワンクや『チェンジリング』(2月20日公開)のアンジェリーナ・ジョリーといったタフで芯のある女優を起用する。ちなみにイーストウッドの奥方ミセス・ディナには、4分の1日本人の血が流れている。

 1928年のLAで実際に起きた児童連続誘拐事件を題材にした『チェンジリング』は、低予算映画『恐怖のメロディ』(71)で監督デビューしたイーストウッドにとって29本目となる監督作だ。カメラの前に立つことは、実生活で6人の子どもを育てるアンジェリーナと『ザ・シークレット・サービス』(93)で共演したジョン・マルコヴィッチに任せ、本人は監督業を満喫している。

 アカデミー賞には息子を誘拐されたシングルマザーを熱演したアンジェリーナが主演女優賞にノミネートされるに留まったが、『許されざる者』(92)と『ミリオンダラー・ベイビー』ですでに2度の作品賞・監督賞を受賞しているイーストウッドは、今さらオスカー像は欲していない。彼はオスカーの権威を越えた存在、いやもっと遥かなる高みに達した存在だ。

 よく映画監督たちは「映画の神様が微笑んだ」「映画の神様が降りてきた」と口にする。ロケ地の天候や微妙な光具合、俳優たちのアンサンブル、スタッフの技量など複合的な要素がぴったりとシンクロした瞬間のことを指した言葉だ。”映画の神様”を崇拝する監督たちにとって、映画のセットやロケ地は”神様”を降臨させるための神聖なる場所となる。主演俳優たちは天の岩戸を開けるために歌い踊るウズメノミコであり、岩戸が開く瞬間をカメラマンたちはフィルムに焼き付けようと躍起になる。

 ”神様”が降りてくるかどうかに一喜一憂する、そんな並の監督たちに対し、イーストウッドは自分自身が”生き神”となり、作品の隅から隅まで全てをコントロールし、パーフェクトな映画を撮り上げている。それほどまでに『ホワイトハンター ブラックハート』(90)でジョン・ヒューストンを演じて以降のイーストウッドは映画監督としてとんでもない境地を歩んでいるのだ。”天皇”と呼ばれた黒澤明監督が晩年にはその神通力を失い、説教臭くなっていったのとは対照的と言える。

『チェンジリング』は2時間22分という長さでありながら、寸分の揺るぎがない。すべてのシーンに緊張感が漂っているのと同時に、逆にどの場面も淡々として日常風景の延長のようでさえある。

 親子の感涙のドラマでもあり、20人もの児童が監禁虐殺されたという『悪魔のいけにえ』的な題材を扱った犯罪サスペンスでもあり、イーストウッドが忌み嫌う権力構造としての警察組織の腐敗ぶりを暴いた告発ものでもある。さらに言えば、砂糖菓子のように甘い映画を作り続けてきたハリウッドという街の片隅でささやかに暮らす人々の悲哀を綴ったスケッチ集でもある。

 今年78歳になるイーストウッドは、4月公開の監督&主演映画『グラン・トリノ』で俳優からの引退を表明した。今後は監督業に専念するとのこと。ネタバレになるので詳細は伏せるが、朝鮮戦争からの帰還兵とアジア移民との交流劇である『グラン・トリノ』はイーストウッド本人による生前葬を思わせる作品だ。イーストウッドが自分で演出した葬式は、やはり淡々としていて派手さはなく、そして同時に人間的な温かみを感じさせる。

 イーストウッドはあと何本の映画を地上に残してくれるのだろうか。それこそ、まさにイーストウッドと神のみぞ知る世界だ。
(長野辰次)

『チェンジリング』
製作・監督/クリント・イーストウッド 出演/アンジェリーナ・ジョリー、ジョン・マルコヴィッチ ジェフリー・ドノヴァン、ジェイソン・バトラー・ハーナー、エイミー・アイアン 配給/東宝東和 2月20日(金)より日劇3ほか全国ロードショー
http://changeling.jp/

恐怖のメロディ

ストーカーという言葉がない時代のストーカー映画。

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最終更新:2012/04/08 23:04
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