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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.10

ジャッキー・チェンの”暗黒面”? 中国で上映禁止『新宿インシデント』

shinjuku_incident.jpgジャッキー・チェンが歌舞伎町を牛耳る裏社会の実力者を演じる『新宿インシデント』。
中国では上映禁止になったR指定の犯罪映画だ。
(c)2009 Emperor Dragon Movies Limited All Rights Reserved

 嘘だと言ってよ、ジャッキー! ファンからの悲鳴が聞こえてきそうな問題作だ。イー・トンシン監督の『新宿インシデント』で、ジャッキー・チェンは今まで演じてこなかった悪役をどっぷりと演じている。それも盟友サモ・ハンが『SPL 狼よ静かに死ね』(05)で見せたようなスタイリッシュな悪役ではない。昔の恋人(シュー・ジンレイ)を追いかけて日本に密入国してきた平凡な中国人・鉄頭という冴えない役だ。不法入国者である鉄頭は東京でゴミの選別や下水道工事などの労働に従事。やがて恋人が”極道の妻”になったことを知り、新大久保で娼婦を買うわ、中国人の仲間と共に偽造テレカを売るわ、カード詐欺を働くわ、さらには請負い殺人にまで手を染めてしまう。これまで見せたことのない”ダークサイド”の顔をジャッキーは見せているのだ。過激な暴力シーンのため、中国では上映禁止となっている。『ブラック・レイン』(89)のヤクザ役をオファーされた際にはきっぱり断るなど、これまでジャッキーは子どもが安心して楽しめるよう、残虐なバイオレンスとラブシーンは御法度にしてきたはずなのに。まさにジャッキーファンにとっては”大事件”なのだ。

『ドランクモンキー 酔拳』(78)でブレイクして以来、ジャッキーの映画には常にユーモアが盛り込まれ、爽快感のあるクンフーアクションが売りだった。巨大な悪の組織には”七小福”時代からの仲間であるサモ・ハン、ユンピョウとの友情パワーで立ち向かった。そして『プロジェクトA』(83)の時計台ダイブや『ポリス・ストーリー 香港国際警察』(85)の電飾ダイブをはじめとする体を張ったスタントで、世界中のファンのハートを掴んできた。『サンダーアーム 龍兄虎弟』(86)の撮影中に頭蓋骨陥没の重傷を負ったニュースを聞いたときはマジでビビった。頭蓋骨の穴にプラスチックのフタをして、撮影現場に戻ったと知り、さらにビビった。完成した映画のNG集に事故の映像がしっかり使われていたのを観て、もはや尊敬の念しかなかった。清純派巨乳アイドルの河合奈保子と噂になったときも「ジャッキーが相手なら仕方ない。やっぱり鼻が大きいと凄いんだろうなぁ」と諦めがついたものだった。

 ブルース・リーが『燃えよドラゴン』(73)で「考えるな、感じろ」という哲学的な名言を残したのに対し、ジャッキーはしばし「映画が成功すれば、それはボクの力。失敗すれば、監督のせい」とジョーク交じりにインタビューに答えている。ハリウッドでも成功を収めたジャッキーならではの俺様的発言だが、体を張って働くビジネスマンにとっては心に染みる金言だろう。「今のハリウッドはCGだらけでつまんないよ」と言い切ってしまうジャッキーは、北極星のように座標のぶれることのない本当の”スター”だった。

 今回の『新宿インシデント』は90年代に騒がれた日本での中国人不法就労問題を取り上げているが、20世紀後半の中国の激動の民族史を描いたドキュメンタリー映画に『失われた龍の系譜 トレース・オブ・ア・ドラゴン』(02)という興味深い作品がある。このドキュメンタリーの主人公はジャッキーの父親と母親。山東省出身の父親は実は国民党の元スパイで、ジャッキーを愛してやまなかった母親は若かりし頃はアヘンの運び屋をやるなど暗黒界で顔の利く姉御だったという、かなり驚きの内容なのだ。政治体制の変動期にあった中国で生き抜くために2人は必死で、ようやく辿り着いた香港でジャッキーが生まれたという次第だ。ジャッキーも両親に関する”黒歴史”は知らなかったらしく、インタビューに答える父親の横で目を白黒させているジャッキーの表情が映し出されている。

『新宿インシデント』のキャンペーンのためにペニンシュラ東京に滞在中のジャッキーにコメントをもらえる僥倖に恵まれた。気さくなジャッキーは「やぁ、よろしく」とニコニコと日本の記者団に笑顔を投げ掛ける。通訳の言葉は頭の中で瞬時に石丸博也の口調に変換される。

 あの~、ジャッキーの両親は香港に来るまで大変なご苦労をされたそうですね。今回のジャッキーの役と重なって見えたんですが、役づくりの上で意識したんでしょうか?

「ん~、それは違うなぁ。演技する上で両親のことは考えなかったなぁ。というより、ボクは世界中をロケして回って、世界各地で密入国者たちの実態を見てきたんだ。密入国者はちゃんとした仕事に就けないから、麻薬の密売などに手を出してしまう。1度成功しても2度目は仲間に裏切られてしまう。違法な手段で外国に渡った人たちの悲惨な姿を描いたものなんだ。密入国はやめた方がいいということだね」

 こちらの深読みした質問は、世界のスーパースターに軽くいなされた形となった。ズルッ。それでも懲りずに追加質問を通訳にお願いした。『新宿インシデント』への出演は俳優ジャッキーにとって、『プロジェクトA』や『サンダーアーム』以上に危険なダイブだったのでは? ジャッキーから返ってきた言葉はこうだった。

「みんなも知っての通り、アクション俳優の寿命はとても短い。ボクだって、昔みたいな動きを同じようにすることはもうできないよ。それで10年くらい前から、具体的には『The Myth/神話』(05)などで少しずつ今までと違った役に取り組んできたんだ。でも、正直ここまでハードな役には踏ん切りが付かなかった。『ワンナイト・イン・モンコック』(04)を撮ったイー・トンシン監督だから委ねることができたと言えるだろうね」

 過去の名声にとらわれないジャッキーは55歳になった今も身軽だ。カメラマンの前で椅子の背もたれの上にぴょんと飛び乗る軽業を披露してみせた。そして、ジャッキーは今回の映画の中でも俳優として思いっきりダイブしてみせた。これまでのスターとしてのキャリアを台無しにしかねない危険なスーパーダイブを。

 時代は変わる。ジャッキーも変わる。手を伸ばしても届かないスーパースターの背中を、それでもボクらは懸命に追い掛けるしかない。
(文=長野辰次)

●『新宿インシデント』
製作総指揮/ジャッキー・チェン
監督・脚本/イー・トンシン
出演/ジャッキー・チェン 竹中直人 ダニエル・ウー シュー・ジンレイ 加藤雅也 ファン・ビンビン 峰岸徹 長門裕之 倉田保昭
R-15
配給/ショウゲート
5月1日(金)より新宿オスカーほか全国にて順次公開
http://www.s-incident.com/

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最終更新:2009/04/14 15:00
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