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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.7

少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』

akanboshojo000.jpg家庭の温かさを知らずに施設で育った葉子(水沢奈子)は、肉親の愛情を一身に浴びて暮らす
“たまみ”と家庭内での生存権を賭けたバトルを繰り広げることに。
(c)2008 楳図かずお・小学館/「赤んぼ少女」フィルムパートナーズ

 吉祥寺の”まことちゃんハウス”が体現しているように、楳図かずお先生は幾つになっても世間をびっくりさせる”永遠の悪戯小僧”だ。漫画家デビュー50周年を迎えた2005年以降、さまざまな楳図漫画が映画化されているが、残念ながらまだ成功した作品は少ない。楳図先生のイマジネーション溢れすぎた原作コミックに、実写が太刀打ちできずに終わってしまったケースがほとんどである。近年、楳図ファンを満足させた作品は『楳図かずお恐怖劇場』の一編、井口昇監督の『まだらの少女』(05)ぐらいだろう。まだ小学生だった成海璃子の映画初主演作であり、成海璃子が松田優作ばりの凄みを見せた傑作ホラーとなっている。過去の成功例である湯浅憲明監督作『蛇娘と白髪鬼』(68)と照らし合わせてみても、楳図作品の実写化は子どもが主人公であること、監督も”オトナコドモ”であることが重要ポイントだとわかる。

 1967年の作品ながら楳図ファンの人気が高い恐怖漫画『赤んぼ少女』を山口雄大監督が映画化すると聞いたときは一抹の不安がよぎった。ひたすらバカ映画を撮り続ける山口監督は”オトナコドモ”であることには間違いないが、『魁!!クロマティ高校』(05)のようなギャグ映画になってしまうのではないかと。しかし、山口監督は自分の得意技であるナンセンスギャグを完全封印することで、見事に楳図ワールドを長編実写映画として再構築してみせた。

 山口監督は『クロ高』や『激情版 エリートヤンキー三郎』(09)などハチャメチャな作風の印象が強いが、意外とこの監督は自分を押し殺すことで名作を生み出している。山口監督のデビュー作『地獄甲子園』(02)は野球映画という建前があることで、はつらつとした青春ゾンビ映画に仕上がった。日米でスマッシュヒットとなった井口監督のスプラッター映画『片腕マシンガール』(08)は、最初は『Meatball Machine』(06)を撮った山口監督にオファーが届いたところ、山口監督が「自分よりも適任の人物がいる」と井口監督を推薦したという美談が残されている。そして『赤んぼ少女』も自らギャグを禁じ手にしたことで、山口監督がバカ映画の中で着実に身に付けてきた演出力が生きた作品となった。

 冒頭で触れたように、楳図漫画の醍醐味を表現してくれるのは子どもたちだ。極限状態に追い詰められた少年少女たちの懸命にサバイバルする姿が読者の心を揺さぶる。代表作である『漂流教室』では既成社会のシステムに慣れ切った大人たちが新しい環境に適応できずに淘汰されるのに対して、絶望という言葉を知らない子どもたちは自分たちの持てる限りの知恵と勇気と体力をジェット噴射のごとく吐き出しながら飛び立とうとする。『わたしは真悟』では主人公のサトルとマリンは東京タワーの尖端から命懸けのダイブを敢行することで、不可能を可能に変えてしまう。楳図ワールドでは、子どもたちの無尽蔵なパワーが硬直化した世界を塗り替えていく。

 デビュー50周年の折に、楳図先生のアトリエにお邪魔して話を聞く機会が何度かあったので、そのときのコメントを紹介しておきたい。

「英訳版コミック『漂流教室』が発売され、米国の子どもたちに評判みたいなんです。子どもたちは『漂流教室』で描かれていることを絵空事だとは思わないんです。自分のいる現実社会と重ね合わせて読んでいるんですね。とくに今の米国の子どもたちは『漂流教室』で起きる大地震を9.11同時多発テロに置き換えて読んでいると思うんです。『漂流教室』でボクが描いたことは、今の子どもたちにとって切実な問題なんです」

 楳図先生の話題は宇宙論、宗教論、進化論……と尽きることがない。子どもは大人へと成長するのではなく、退化していくのだと世間とは逆さまの学説を唱える。本来、子どもは生きていくためにさまざまな”能力”を有しているのだが、大人になる、つまり集団社会に適応するために、その能力を捨ててしまうのだと。孤独を恐れ、能力を捨てて大人への舗装道路を進むか、奇人変人と指を差されようが能力を頼りに険しい獣道を選ぶか。子どもはある年齢に達すると”運命の岐路”に立つことになる。

 一方、『赤んぼ少女』では異形の者として生まれた”たまみ”は、大人になりたくてもなれない。その哀しみが全編に広がる。たまみが鏡に向かって慣れないお化粧をするシーンは原作にもあるが、原作がコミカルな印象を与えていたのに比べ、山口監督による映画版では思わず泣ける名シーンとなっている。このシーンによって、たまみは実は年頃の女の子であることがわかり、モンスターvs.美少女というステロタイプなホラーではないことが実感できる。『赤んぼ少女』は肉親の愛情を知らずに育ったヒロイン・葉子と永遠に大人に成長できない裏ヒロイン・たまみが家庭内での自分の居場所を巡って争う、少女同士の親近憎悪の生々しいサバイバル戦争なのだ。

 成海璃子が初主演映画『まだらの少女』で天才的な演技を披露したように、『赤んぼ少女』で健気な美少女・葉子を熱演した水沢奈子も映画初主演。自分の能力にリミッターを掛けることなく、全身全霊で演じたことで、ホラー映画ながら観る者にすがすがしさを感じさせる。ちなみに水沢奈子が『赤んぼ少女』に出演したのは13歳のとき。『まだらの少女』撮影時の成海璃子は12歳。2人とも、楳図ワールドでいう大人と子どもの分岐点である”14歳”になる手前だった。彼女たちは、もう二度と同じ役を演じることはできない。
(文=長野辰次)

●『赤んぼ少女』
原作/楳図かずお 脚本/小林弘利 特殊美術監督/西村喜廣 監督/山口雄大 出演/水沢奈子 野口五郎 斎藤工 板尾創路 堀部圭亮 亜紗美 生田悦子 浅野温子 発売・販売元/キングレコード 3月25日(水)よりDVDリリース。
DVDオーディオコメンタリーには山口雄大監督、井口昇監督、板尾創路が参加。山口監督のロケ撮影による洋館へのこだわり、たまみの造型をリアルなものにするために予算アップの交渉をしたなどの裏エピソードは必聴もの。BOX仕様2枚組『初回限定版』には楳図先生も登壇した初日舞台挨拶やたまみのメイキングが特典ディスクとして収録されている。
http://akanbo-movie.com

赤んぼ少女〔初回限定版〕

明日発売。

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●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX

[第6回]派遣の”叫び”がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』
[第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が”倒錯美”の世界へ
[第4回]フランス、中国、日本……世界各国のタブーを暴いた劇映画続々
[第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は……
[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

最終更新:2012/04/08 23:05
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