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お笑い評論家・ラリー遠田の【この芸人を見よ!】第38回

愛されアナーキスト・笑福亭鶴瓶が極めた「玄人による素人話芸」とは

tsurubenet.jpg笑福亭鶴瓶公式サイト「つるべ.net」より

 『ゆれる』で国内の映画賞を総なめにした西川美和監督による最新作『ディア・ドクター』が6月27日に公開された。医療問題を扱うこの作品で映画初主演を務めたのは、落語家の笑福亭鶴瓶。ある秘密を抱えながら僻村の診療所に勤める医師を熱演している。西川監督は、お年寄りに好かれそうなキャラだという理由で鶴瓶を主演に抜擢したという。

 笑福亭鶴瓶は不思議な芸人である。いつも笑顔を絶やさず幅広い年齢層に愛されるキャラクターでありながら、ここぞという時にはテレビでも平気で裸になったり好き勝手に暴れ回ったりするアナーキーな一面もある。テレビタレントとして活躍を続ける一方で、近年は古典落語にも積極的に取り組む姿勢を見せている。

 そんな彼が最も得意としているのは、バラエティ番組で見せるフリートークである。彼のしゃべりには、テレビのお笑い芸に必要な要素が全て含まれている。だが、そんな鶴瓶のトーク能力の高さは、一部の視聴者にはあまり理解されていないような気もする。

 鶴瓶のしゃべりを好まない人の多くは、彼の話し方が「もたもたしている」「まわりくどい」などと非難の声を浴びせる。確かに、鶴瓶の話の組み立て方は少し変わっている。自分が体験したある出来事の話をするために、一から丁寧に細かい状況説明を挟んでいく。また、しゃべるスピードは遅くはないものの、語り口は決して明瞭ではなく、たどたどしくのろのろと話題が展開していく。これはせっかちな人にとっては耐えがたい芸風なのかもしれない。

 だが実は、鶴瓶が長きにわたってテレビの第一線で活躍できているのも、そのゆったりした間合いのおかげなのだ。かつて、『鶴瓶上岡パペポTV』で共演していた上岡龍太郎は、鶴瓶を評して「素人話芸の達人」と言っていた。一見もたもたしているように見える素人っぽい語り口によって、話に妙なリアリティーが生まれる。鶴瓶は3年前にあった出来事もまるで3日前にあったかのように情熱を込めて語ることができるのだ。テレビという場で求められているのは、その種の「素人話芸」である。鶴瓶はそれを熟知しているからこそ、プロの技術であえて素人臭い話芸を極めてみせたのである。

 また、このスタイルをとっていれば、途中で話を遮られても問題はない。例えば、『きらきらアフロ』では、共演者であるオセロの松嶋尚美が、しばしば平気で鶴瓶の話の腰を折る。それでも、彼は怒るそぶりを見せながらもそれを受け入れて、松嶋に翻弄されている自分の姿をさらけ出して笑いを取ろうとする。

 我々の普段の日常会話では、誰かが他人の話を邪魔したり、話題が途中で脱線したりするのは珍しいことではない。トーク番組でも、そのような日常会話レベルのリアリティをかもし出すことが大事だと鶴瓶は考えている。だからこそ彼は、笑いのためならどんなハプニングやアクシデントも柔軟に受け入れてしまうのだ。

 落語家でありながら、「自分の話が邪魔されても構わない」と達観できているのが鶴瓶の強みである。テレビタレントとして鶴瓶に匹敵するような資質を持つ落語家がなかなか出てこない最大の理由はこの点にある。自分の話を遮る共演者ですら利用して笑いに結び付ける貪欲さは、鶴瓶にしか備わっていないものである。鶴瓶の話芸の秘密は、素人芸と玄人芸の絶妙のブレンドにあるのだ。
(お笑い評論家/ラリー遠田)

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日刊サイゾーで連載されている、お笑い評論家・ラリー遠田の「この芸人を見よ!」が本になります。ビートたけし、明石家さんま、タモリら大御所から、オリエンタル・ラジオ、はんにゃ、ジャルジャルなどの超若手まで、鋭い批評眼と深すぎる”お笑い愛”で綴られたコラムを全編加筆修正。さらに、「ゼロ年代のお笑い史」を総決算したり、今年で9回目を迎える「M-1グランプリ」の進化を徹底的に分析したりと、盛りだくさんの内容になります。発売は2009年11月下旬予定。ご期待ください。

きらきらアフロ 2008

サマソニにも出るとか出ないとか

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●連載「この芸人を見よ!」INDEX
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【第36回】東野幸治 氷の心を持つ芸人・東野幸治が生み出す「笑いの共犯関係」とは
【第35回】ハリセンボン 徹底した自己分析で見せる「ブス芸人の向こう側」
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【第32回】柳原可奈子 が切り拓くお笑い男女平等社会「女は笑いに向いているか?」
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最終更新:2013/02/07 12:55
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