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アジア・ポップカルチャーNOW!【vol.2】

マイブームはBL!? 香港の腐女子が描きとめる、消えゆく都市の記憶

stella01.jpg 『粉末都市 消失中的香港』(c)STELLA SO

『AKIRA』『ドラゴンボール』『ドラえもん』……子どもの頃、僕らの心をアツくさせた漫画やアニメが、海の向こうに住むアジアの子どもたちの心にも火を付けていた。今や日本人だけのものではなくなった、ジャパニーズ・ポップカルチャー。その影響を受けて育った、アジアの才能豊かなクリエーターたちを紹介する。

【第2回】
イラストレーター&コミック・アーティスト

ステラ・ソー

 香港でいま一番の売れっ子女性イラストレーターであり、コミック・アーティストでもある、ステラ・ソー。先日、香港で会ったとき、彼女は待ち合わせの場所に竹刀を担いで現れた。最近、剣道の稽古を始めたという。

「子どものころから『六三四の剣』が大好き。ずっと剣士に憧れていて、いつかは習おうって思ってた。大人になっちゃったけど、やっと夢が叶ってうれしい」

634.jpg『六三四の剣 (1)』
(村上ともか/小学館)

 日本には、ずいぶん前に1度行ったことがあるくらい。それでもステラは、漫画や雑誌やテレビを通じて、日本のことをよく知っている。「日本には、今”腐女子”が増えているんでしょ? 彼女たちの気持ちは、すごくよく分かる。この言葉を見た瞬間、あ、私のことだ、って思ったもの」。

 ステラの最新コミック集『老少女基地』は、エレベーターのない、古いアパートの6階に猫と住む、彼氏なしのアラサーの腐女子である自分の日常を、ユーモアと自虐ネタ(?)たっぷりに描いたベストセラー本だ。アンティーク収集と言えば聞こえがいいが、要は、一見役に立ちそうもない古いものが大好きで、道ばたでよさげなブツを見かけると、つい拾ってきてしまう。彼女の部屋には、火事で閉店した床屋から譲り受けたシャンプー椅子(ステラいわく「日本のTAKARA製だよ!? 私の瞑想の場所。毎日これに座ってうっとりしてる」)やら、昔の香港の街中でよく見かけた有料体重計(コインを入れて台に乗ると、体重が印刷されたシートが出てくる)などが鎮座している。机の上には、世界を旅した時に買ったり拾ったり貰ったりしたランプやマッチの箱や手帳やグッズが山積み……。まさにここは、ステラの”基地”なのだ。

 モノで埋まりクーラーもないのに、何故か風通しがよく、居心地がいいのは、「わたしの部屋」(婦人生活社)など日本のインテリア雑誌を買い込んで、ばっちり勉強したおかげ。「日本人の部屋も狭いけど、収納とか、工夫してみんなオシャレに暮らしているでしょ? インテリアは、ずいぶん参考にさせてもらった」。そう言われて見ると、本棚には日本の雑誌や本がぎっしり。なんと「大人の科学」(学習研究社)は全号2冊ずつ揃っている。「1冊は観賞用、もう1冊は保存用」。いつもページをめくっては、自分も自転車型自家発電冷房装置が作れないものか、などと妄想を膨らませているらしい。


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<画像をクリックすると拡大されます>『老少女基地』(c)STELLA SO

 オレ流快適な基地で、お気に入りの”ガラクタ”に囲まれた引きこもり生活を満喫しているのかと思いきや、パノラマカメラを片手に、香港の街中に出没していることも多いという。ステラは、香港という”消えゆく都市”を愛し、日常の生活や、路上に残る古き良き時代の断片を観察し、イラストに留めようとする記録者でもあるのだ。ロングセラーとなった、初のイラストレーション作品集『粉末都市 消失中的香港』は、中国に返還されてから十数年、政府の(結構)無謀な再開発計画や巨大ショッピングモール誘致目的の区画整理などによってどんどん姿を消していきつつある、香港の昔ながらの街並みを描きためものだ。近所の人たちの憩いの場だった露店の麺屋や、住人たちが勝手に作った出窓やベランダが生き物のように増殖した建物。そこに自然に発生する寄り合い的コミュニティー。無数に生まれ、やがて無くなっていく、人間の一生にも似た都市の生成と崩壊。ステラは、そのはかなさを惜しみ、自分が生まれ育った大好きな香港の風景を、すさまじい執着心で作品に残し続けている。

<クリックすると画像が拡大されます>『粉末都市 消失中的香港』(c)STELLA SO
<クリックすると画像が拡大されます>『粉末都市 消失中的香港』(c)STELLA SO

 ステラに「ところで最近のマイブームは?」と聞くと「BL」(知ってんのか!?)と、ボソリ、ニヤリ。その笑顔(?)を見ながら、ふと、ステラが東京を描いたらどうなるだろう、という思いが浮かんだ。たとえば、渋谷の交差点や東京の下町は、どんな風景になるのだろう。彼女の執拗な観察眼を通して現れる、もう1つの”消失していく都市”東京を見てみたい。私たちが、あまりにも日常すぎて見逃している何かが、そこには現れているはずだ、そして……。

 どうやら、この愛すべき「香港の腐女子」を前にすると、こちらの妄想も、どんどんたくましくなっていってしまうらしい。ステラは、今日もパノラマカメラと竹刀を持って、古い香港の記憶のかけらを探している。
(取材・文=中西多香[ASHU])

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ステラ・ソー 
2002年、香港理工大学デザイン学部卒業。04〜06年まで「Milk」誌に連載されたイラスト・コラム<HK POWDER>で、返還後、中国本土の文化が押し寄せる中で失われつつあった香港独自の文化をすくいあげ評判に。08年『粉末都市 消失中的香港』として出版され、第20回香港印刷大賞の優秀出版大賞(最優秀企画賞)を受賞。最新作は”アラサー腐女子”の日常を活写した『老少女基地』(09年)。<http://www.smstella.com/>

『粉末都市―消失中的香港』(2008年 Joint Publishing刊)
『老少女基地』(2009年 Joint Publishing刊)
<http://www.ashu-nk.com/ASHU/shop2_Joint.html>

なかにし・たか
アジアのデザイナー、アーティストの日本におけるマネジメント、プロデュースを行なう「ASHU」代表。日本のクリエーターをアジア各国に紹介するプロジェクトにも従事している。著書に『香港特別藝術区』(技術評論社)がある。<http://www.ashu-nk.com >

六三四の剣 (1)

70年代生まれのヒーロー。

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最終更新:2012/04/08 23:20
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