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「元素オタク」の本気を見た!『世界で一番美しい元素図鑑』

genso00.jpg『世界で一番美しい元素図鑑』
(著:セオドア・グレイ/創元社)

 すいへーりーべぼくのふね……高校の化学の授業で誰もが呪文のように唱えたフレーズ。これは周期表(元素を原子番号順に配列した表)を暗記するための語呂合わせだが、ド文系の僕にとっては、HとかHeとかLiとかBeとか、元素なんてものは退屈なアルファベットでしかなかった。

 本書『世界で一番美しい元素図鑑』(原題『The Elements』)は、そんな元素を世界一美しく見せてやると豪語する本だ。ちなみに、本書の日本語版は紙の書籍に先んじてiPad用アプリとして流通しており、そちらは周期表からワンタッチでお目当ての元素に飛べたり、画像を指でぐりぐり回転させられたりと電子書籍ならではの機能で評判になった。

 一方、紙の本は図鑑らしく見開き2ページでひとつの元素を紹介し、左ページいっぱいに純粋状態の元素を、右ページに解説および特徴的な化合物・応用製品を配置している。さすがに独創性では電書版に劣るものの、でかでかと印刷された元素写真もなかなかの迫力。で、掲載された数百点もの品々はすべて著者のセオドア・グレイ氏が「物理学の法則と人間の法律が所持を許す範囲」で収集したものだ。

genso03.jpg(C) 2010 Sogensha inc.All rights reserved.
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 純元素のほうは、−183℃で薄青色の液体になった酸素、高圧放電によって紫色に光るキセノン、ジャズピアニスト・佐藤允彦のアルバムタイトルで一部の和ジャズ好きに名前だけは知られるパラジウム、冷やすと自然に”角張ったじょうご”型の結晶を作るビスマスなど、どれも看板に偽りなしの美しさ。

 化合物関係も、リチウム電池、フッ素入り歯磨き、スカンジウム・アルミニウム合金製の自転車フレーム、チタン製のボディピアスや人工関節、先端部にオスミウムを使ったレコード針、劣化ウラン弾など、まさに「元素コレクター」の面目躍如。

 そして各解説文は科学書らしからぬ軽妙さで、たとえば塩素の項では、

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〈塩素は、第一次世界大戦中に凄惨な塹壕戦で毒ガスとして使われました。(中略)私は純粋な塩素をほんの少量吸い込んだことがあります。病院送りにはなりませんでしたが、瀬戸際までいきました。筆舌につくしがたい苦痛で、吸った瞬間、鼻にバーナーの炎を突っ込まれた感じがしました〉

 などと物騒なことをさらっと書いている。かと思えば、

〈アンチモンの塊は、鋳造後に冷めていく際、小さな音でメロディーを聞かせてくれるのです。温度が下がる過程で内部の結晶が壊れたり横滑りしたりして、内側から塊をはじき、チベットの鉦のような響きを生み出しているのに違いありません〉

 なんて妙にロマンチックになったりもする。

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 ところで、現在までに発見されている118の元素のなかには「キュリウム」や「アインスタイニウム」など人名にちなんだ元素名もある。が、当人が見つけたものではないらしい。理由は、業界内に「公的な場で目立ったり名誉欲を出したりしてはいけない」的な不文律があるうえに、新しい元素は大所帯の研究チームによって発見されているから。ゆえに、キュリー夫妻やアインシュタインのように、すでに鬼籍に入っていて、かつその名が元素に冠されても文句が出ない「無難な人物」が選ばれるのだとか。さらに、

〈名前を付ける作業には発見よりずっと長い時間がかかります。発見の関係者それぞれが発見の先取権を主張し、命名委員会で議論がつくされるまで誰も納得しようとしないのですから〉

 と、なんだかノーベル賞受賞の順番待ち説にも似た、シラケた空気を残して本書は幕を下ろす。でも、実はこのへんの煩わしいエピソードが個人的には非常に面白かったりする。本書は「元素オタク」が自身のコレクションをぎゅうぎゅうに詰め込んだビジュアルブックであり、ポップでシニカルな科学エッセイでもある。
(文=須藤輝)

セオドア・グレイ(Theodore Gray)
元素コレクター。本業は、数式処理システム「Mathematica®」や質問応答システム「Wolfram Alpha™」の開発で世界的に知られるコンピュータ・ソフトウェア会社ウルフラム・リサーチの共同創立者で、現在は同社ユーザーインターフェース技術部門責任者。サイエンスライターとしても活躍し、「ポピュラー・サイエンス」誌にコラムを長期連載している。周期表をテーマとしたウェブサイトperiodictable.comの主宰者として、大学、学校、博物館向けの写真入り周期表の制作などの普及活動を行っている。周期表(英語でperiodic table)をかたどって中にそれぞれの元素を収めた木製の机「周期表テーブル(Periodic Table Table)」(本書235ページ)を制作したことに対して、2002年、ユーモアにあふれる科学研究に与えられる「イグノーベル賞(化学部門)」を贈られている。
公式サイト<http://www.sogensha.co.jp/special/TheElements/index.html>

世界で一番美しい元素図鑑

美しい。

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最終更新:2010/11/25 11:00
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