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町山智浩の「映画がわかる アメリカがわかる」

おバカな独裁者が問いかける民主主義

【サイゾーpremiumより】

雲に隠れた岩山のように、正面からでは見えてこない。でも映画のスクリーンを通してズイズイッと見えてくる、超大国の真の姿をお届け。

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『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』
架空の国ワディヤの独裁者アラジーン(サシャ・バロン・コーエン)は、自国での核開発を疑われ、ニューヨークの国連本部へと召喚される。そこで拉致されて、路頭に迷った彼は、心優しい女性の元で難民として働き始めるのだが……。
監督/ラリー・チャールズ 出演/サシャ・バロン・コーエン、アンナ・ファリス、ベン・キングズレーほか 日本では、9月7日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか、全国順次公開

 今年2月のアカデミー賞授賞式。開場前のレッドカーペットに、勲章をいっぱいつけた軍服を着て、オサマ・ビン・ラディンみたいな長い髭を生やした男が現れた。

 独裁者に扮したサシャ・バロン・コーエンだ!

 コーエンはイギリス出身のコメディアン。映画『ボラット』でカザフスタン国営テレビのレポーターと偽ってアメリカ各地を取材した。つまり「どっきりカメラ」方式の疑似ドキュメンタリーで、「カザフスタンのテレビなら何を言っても大丈夫さ」と油断したアメリカ人から黒人やユダヤ人差別発言を引き出した(コーエン自身はユダヤ系)。

 その次の『ブルーノ』でのコーエンは、オーストリアのゲイのファッション・レポーター。ゲイ嫌いの保守的な南部のハンターに夜這いをかけて殺されそうになったりした。

『ディクテーター(独裁者)』でコーエンが演じるのは、中東の架空の国ワディヤの独裁者アラジーン将軍。『ヒューゴの不思議な発明』に、ギャグを封印して普通の俳優として出演し、アカデミー賞にも出席したコーエンは、レッドカーペットにはカダフィみたいに美女の護衛を2人連れて登場した。

「親愛なる金正日に捧ぐ」

 冒頭の献辞で『ディクテーター』は最初の笑いを取る。主人公アラジーンは中東の独裁者だが、どっちかといえば金正日に似ている。独裁者の息子として生まれ、幼い頃からわがまま放題。核兵器の開発をしていると疑われ、国連から召喚され、ニューヨークにやってくる。

 アメリカに着くやいなや、アラジーンはアラブ嫌いの男に拉致され、トレードマークの髭を剃られ、身ぐるみを剥がされてニューヨークの路上に放り出される。アラジーンの側近は、一緒に連れてきた影武者をアラジーンに仕立てる。

 アラジーンはニューヨークで誰にも頼れない。ワディヤ人も大勢住んでいるが、みんなアラジーンの独裁から逃げてきた難民だ。アラジーンだとバレたら殺される。

 彼を救ったのは、ゾーイという優しい女の子。彼女はオーガニック食料品店を切り盛りし、世界中の独裁国家から逃れてきた難民たちに職場を提供し、支援していた。アラジーンも哀れな難民と思われて、そこで働くうちにゾーイと恋に落ちる。

『ディクテーター』を観ると、チャップリンの『独裁者』(1940年)を思い出さずにいられない。チャップリンはヒットラーにそっくりの独裁者ヒンケルと、彼に瓜二つのユダヤ人の床屋の二役を演じた。ユダヤ弾圧をするヒンケルに床屋が間違われて……というコメディ。当時はヒットラーの最盛期で、チャップリンは、ドイツと戦争する気がないアメリカにナチ打倒を促すために、この映画を作った。

 ただ、コーエンは『ディクテーター』を「独裁者は悪い。民主主義はいい。アメリカは素晴らしい」などという単純な映画にはしない。アラジーンは自分がしてきた罪に気づいて反省するが、母国から来た核物理学者に独裁を続けろと励まされる(彼は核兵器を作りたいだけ)。


「あんたは最後の独裁者なんだから頑張れ! カダフィも倒れた。金正日も、チェイニー副大統領も! あんたがいなくなったら、言論は自由になり、女性の権利も認められてロクでもないことになるぞ!」

 一方、影武者は国連でワディヤの民主化を宣言しようとしていた。それを裏で操るのは、エクソン・モービル、BP、ペトロ・チャイナという石油メジャー。民主化されればワディヤの石油利権が手に入る。世界の巨大企業のベストテンにランクされる彼らがアメリカや中国の政治を動かし、湾岸戦争やイラク戦争を引き起こした。彼らに比べたらアラジーンなんてちっぽけな小悪党だ。

 チャップリンの『独裁者』は、ヒンケルに間違われたユダヤ系の床屋がラジオで世界の虐げられた人々を励ます演説をして感動的に終わる。アラジーンも最後に演説をするが、その内容は辛辣だ。

「アメリカでは上位1%の金持ちが富のほとんどを独占し、貧乏な庶民は医療保険もない。国民に選ばれた大統領はウソをついて戦争を起こした。独裁とどっちがマシだ? 民主主義は欠陥だらけのシステムだ。でも……」

 その「でも」から後が感動的。ちょっと涙が出たよ。

まちやま・ともひろ
サンフランシスコ郊外在住。『〈映画の見方〉がわかる本』(洋泉社)など著書多数。TOKYO MXテレビ(金曜日23時半~)にて、『松嶋×町山 未公開映画を観るTV』が放送中。

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最終更新:2012/07/01 09:30

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