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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.232

現代人を襲う新しい恐怖“化学物質過敏症”とは? お蔵出し映画祭グランプリ受賞『いのちの林檎』

inochinoringo02.jpg青森県弘前市で自然栽培によるリンゴ園を経営する木村好則さん。リンゴの樹に「頑張ったね。ありがとうね」と語り掛ける。

 水すら呑めずに脱水状態に陥っていた早苗さんを救ったのは、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)で有名になった木村秋則さんが無農薬無肥料で育てた“奇跡のリンゴ”だった。木村さんが自然栽培を始めたきっかけは、奥さんが農薬アレルギーで寝込んでしまうのをどうにかしたかったから。水道の蛇口から零れ落ちる水滴にさえ怯えていた早苗さんだが、木村さんが作った無農薬林檎だけはスーッと口にすることができた。まさに早苗さんにとって“生命の果実”だった。ひとりの女性の命を救えたことを知り、木村さんは顔をくしゃくしゃにして喜ぶ。リンゴ園の樹たち一本一本に「ありがとうね」と声を掛けて回る。

 体力が持ち直した早苗さんは自宅を離れ、母親の運転する車に乗って放浪の旅に出る。お供をするのは3匹の犬たちだ。ゴルフ場や大きな農園を避け、山奥へと向かう。人里離れた森の中で、テント生活を始める母娘。オーガニックな衣服を身にまとい、無農薬大豆による自家製ミソを使った食事を用意する。まるで縄文時代に先祖帰りしたかのような生活である。『刑事ジョン・ブック 目撃者』(85)で描かれたアーミッシュたちの暮らしのようでもあるし、フランソワ・トリュフォー監督のSF映画『華氏451』(66)に登場するブックピープルたちが集う森のようでもある。質素さを極めた、その生活はとても美しい。

 化学物資から逃れるために森で暮らすようになった早苗さん親子と対照的に、都会の喧噪の中でサバイバルすることを決意したのは若手プロレスラーの入江茂弘選手だ。子どもの頃に新築の家から致死量のホルムアルデヒドが検出され、家族全員が化学物質過敏症を患うことになった。新居を手放して父方の実家に身を寄せたが、周囲からは理解されず厳しい言葉を浴びせられた。病気を疑った小学校の教師は薬品が並ぶ理科室での授業を強要し、入江選手は洗面器いっぱいの鼻血を流し、学校に行けなくなってしまった。入江選手の少年期は病気や世間の偏見と闘うことに費やされた。強い肉体に憧れた入江選手は自分の体を徹底的に鍛え、闘い続けることを意義づけ、プロレスラーという職業を選んだ。まだリングだけでは食べていけないので居酒屋でアルバイトもしている。副流煙などと闘いながら、黙々とトレーニングを続ける。入江選手の入場曲は筋肉少女帯の「タチムカウ~狂い咲く人間の証明~」だ。都会のど真ん中でベコベコになりながら、何度でも立ち上がる彼もまた美しい。

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