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週刊誌スクープ大賞

「書き出しはいいが、読後感はイマイチ……」元名物編集長が又吉直樹『火花』を斬る!

 とまあ、こんな邪推をしながら又吉の『火花』をあまり期待せずに読んでみた。だが、いきなり初っぱなの文章で、息を呑んだ。

「大地を震わす和太鼓の律動に、甲高く鋭い笛の音が重なり響いていた。熱海湾に面した沿道は白昼の激しい日差しの名残を夜気で溶かし、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながら賑わっている。沿道の脇にある小さな空間に、裏返しされた黄色いビニールケースがいくつか並べられ、その上にベニヤ板を数枚重ねただけの簡易な舞台の上で、僕達は花火大会の会場を目指して歩いて行く人たちに向けて漫才を披露していた」

 書き出しにこそ、神は宿る。売れない漫才師が花火大会の余興に呼ばれ、粗末な台の上で漫才らしきものを大声でやるが、花火に急ぐ人たちは足を止めてくれない。

 芸人とその世界が持つ不条理が、これから描かれるであろう悲哀と破局を予感させる書き出しである。

 又吉の分身である徳永と、彼が漫才師として尊敬する先輩神谷との関係を中心に話は展開する。売れない芸人のやり切れなさや、相方との行き違いなどのエピソードはあるが、全体を貫いているのは全身漫才師として生きようとする神谷の苦悩と狂気である。

 又吉の考える「漫才論」も、そこここに散りばめられる。たとえば、こういう記述がある。

「必要がないことを長い時間をかけてやり続けることは怖いだろう? 一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。無駄なことを排除するということは、危険を回避することだ。臆病でも、勘違いでも、救いようのない馬鹿でもいい、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ」

 だが、読後感は残念ながら、いい小説を読んだ満足感からは遠いものだった。売れない芸人としての悲哀も、神谷の狂気も、私にはさほどのものとは思われなかった。第一、徳永や神谷の「芸」も、私にはおかしくもなんともなかった。これでは、漫才師としては売れないだろうな。そう思わざるを得なかった。

 本を読んだ後、YouTubeでピースのコントを何本か見てみた。私にはクスリとも笑えなかった。もっとも、私にとっての漫才は横山やすし、西川きよしで終わっているから、わからない私のほうが悪いのかもしれない。

 海援隊の武田鉄矢をもう少し暗くしたような又吉の顔は、すでに作家の顔である。

 太宰治が好きで、太宰忌(桜桃忌)には毎年、追悼の大宰ナイトをやっているそうだから、気分も生き方もすでにして作家なのであろう。

 小説の中の徳永は、漫才から足を洗ってしまう。又吉もそうなるのではないか。

 彼が大成するかはわからない。芥川賞というのは新人賞だから、受賞一作だけで消えていった者も多くいる。

 気になるのは、あの若さで抱え込んでいる闇の深さのようなものである。太宰は38歳にして玉川上水に身を投げた。年は違うが、私が好きだった桂枝雀も自死してしまった。又吉の持つ暗さが、格好付けだけならいいが。

 又吉の「真価」は、これから書くものを何作か読まなくてはなんとも評価ができない。それが私の『火花』評である。

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