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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.430

人身売買、二重婚、売春斡旋、すべては家族のため『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』

人身売買、二重婚、売春斡旋、すべては家族のため『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』の画像1北朝鮮を脱北後、中国の農村に外人妻として売られたマダム・ベー。彼女自身も闇ブローカーとして暗躍する。

 堕ちていく女は、劇映画としてはとても魅力的な題材だ。社会のシステムから転げ落ちていくことで、虚飾をはぎ取られ、ひとりの女としての生々しい素顔がさらけ出されていく。キム・ギドク監督の『悪い男』(04)や園子温監督の『恋の罪』(11)のヒロインは、堕ちるところまで堕ち、聖女のような輝きを放つことになる。だが、女優が演じる劇映画ではなく、現実世界を切り取ってみせるドキュメンタリーの場合はどうだろうか? 韓国とフランスとの合作ドキュメンタリー映画『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』は生きていくため、家族を食べさせるためなら、法を破り、命を危険にさらすことも厭わない、平凡なひとりの主婦の変身ぶりを追いかけていく。

 ドキュメンタリー映画の醍醐味は、シナリオのない意外性のあるストーリー展開にある。『マダム・ベー』はカメラを回している韓国人監督ユン・ジェホすら予測できない、驚愕のゴールが待ち受けている。主人公となるマダム・ベーは、「えっ、この人がヒロイン?」と思うほど垢抜けないオバさんなのだが、我々には到底マネできない決断力と行動力を発揮し、ユン・ジェホ監督に「私を撮りなさい」と告げる。

 本作の序盤は、まず中国の寒村から始まる。北朝鮮出身の主婦マダム・ベー(仮名)は10年前にここへ売られてきた。北朝鮮で夫、2人の息子と一緒に暮らしていたが、生活苦から脱北して1年間限定のつもりで中国へ出稼ぎに向かった。ところが鴨緑江を渡って着いた中国の村で、「仕事があるよ」と騙されて遠く離れた農村へ外人妻として売り飛ばされてしまう。プレス資料によると、20~24歳の女性は日本円で約11万円、25~30歳は8万円、30歳以上だと5万円で売買されているらしい。マダム・ベーは当時37歳だったから、わずか5万円。安い……。

 マダム・ベーが嫁として売られた中国の農家は見るからにビンボーそうな、中国夫・義父・義母との共同生活。マダム・ベーは腹を括って、ここでお金を稼いでから、帰郷することに決める。だが、働けど働けど、生活は楽にはならず。マダム・ベーはカメラに向かって告白する。「脱北者は身分証がないから、働いても安い。だから悪いことにも手を出すようになる」と。

 マダム・ベーは自分と同じような脱北者たちを中国経由で韓国へ送り出す手引きをする闇ブローカーとしてお金を稼ぎ、また北朝鮮で製造された覚醒剤の売買にも手を染めたと語る。脱北してきた若い女性たちをカラオケボックスに派遣して、性サービスをさせる女衒業にも乗り出す。北朝鮮から売られてきた家族想いの平凡な主婦だったマダム・ベーが、ギラギラと生命力をたぎらせるヤリ手ババアへと覚醒していく。欲望まみれのマダム・ベーには、不幸な過去を背負った弱々しい影はみじんも感じられない。


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