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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.459

片想いをこじらせた“痛い女”松岡茉優に惚れる! 綿矢りさ原作を換骨奪胎した『勝手にふるえてろ』

 理想と現実との狭間で見苦しくジタバタとあがくヨシカを見て、女性だけでなく男性も「これは自分自身の物語だ」と思うのではないだろうか。誰もが“理想の恋人”とつきあいたいと願う。でも、その“理想の恋人”はあくまでも自分の頭の中で描いている想像上の生き物でしかない。実際に憧れの相手と交際できたとしても、「自分の理想像と違う」と早々に幻滅するか、自分の理想像へ矯正しようとし、諍いが起きる。結局、自分が愛していたのは自分が勝手に思い描いていた理想像でしかない。理想の王子さま像にこだわり続けるヨシカは相当に痛々しいが、まったくの赤の他人とは思えない。ヨシカの暴走ぶりに笑いながらも、観ているこちらの胸にグサグサと突き刺さるシーンの連続となっている。

 ストライクゾーンが異様に狭いヨシカにまとわりつき、ストライクゾーンの中へ強引に入り込もうとするのが、ミュージシャンでもある渡辺大知演じる人間臭い男・ニである。ニは自分の趣味である渓流釣りや卓球へとヨシカを無理矢理に連れ出す。そんなニの無神経さはいちいちヨシカの神経を逆なでするが、会社以外はアパートに篭りっきりのヨシカにとっては新鮮な世界であるのも確かだった。それはニにとっても同じだった。自分とは異なる価値観の持ち主とのコミュニケーションに戸惑い、ふるえ、つまずきながらも、ヨシカとニはお互いの距離を少しずつ縮めていくことになる。

ヨシカの“現実の彼”ニ(渡辺大知)。趣味も思考性もまったく異なるが、ニに押し切られる形で交際が始まる。

 芥川賞作家・綿矢りさが2010年に発表した中編小説を、大九明子監督は大胆に脚色している。原作小説ではヨシカ、イチ、ニ、ヨシカの同僚・くるみ(石橋杏奈)と登場人物が限られていたが、映画版ではヨシカと顔なじみの釣りおじさん、アパートの隣人、コンビニの店員(柳俊太郎)、最寄り駅の駅員(前野朋哉)、行きつけのカフェのウエイトレス(趣里)ら個性豊かな仲間たちとのやりとりを交えた賑やかなコメディ快作となった。クライマックスにはミュージカルパートも用意され、松岡が切々と“痛ガール”の心情を歌い上げる挿入歌「アンモナイト」も見どころ・聴きどころとなっている。松岡の素顔を大九監督が当て書きしたシナリオだが、20代の頃にお笑い芸人を真剣に目指すも挫折した経験を持つ大九監督のこじらせた過去も投影したものとなっている。こじらせた青春を過ごした人ほど、ヨシカのことがますます愛おしく思えてくるに違いない。

 ヨシカが「勝手にふるえてろ」と呟く場面も呟く相手も、原作と映画ではまったく異なるものとなっている。換骨奪胎とも言えるアレンジとなった映画『勝手にふるえてろ』の世界で、女優・松岡茉優は他の誰にも似ていない輝きを放っている。
(文=長野辰次)

『勝手にふるえてろ』
原作/綿矢りさ 監督・脚本/大九明子 
出演/松岡茉優、渡辺大知、石橋杏奈、北村匠海、趣里、前野朋哉、池田鉄洋、稲川実代子、柳俊太郎、山野海、梶原ひかり、金井美樹、小林龍二、増田朋弥、後藤ユウミ、原扶貴子、仲田育史、松島庄汰、古舘寛治、片桐はいり
配給/ファントム・フィルム 12月23日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
(c)映画「勝手にふるえてろ」製作委員会
http://furuetero-movie.com

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最終更新:2017/12/22 20:59
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