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昼間たかしの100人にしかわからない本千冊 42冊目

単なる変態野郎ではない……ゲイ・タリーズ『汝の隣人の妻』

『汝の隣人の妻〈上・下〉』 (二見書房)

 先日、約20年ぶりに雑誌「POPEYE」(マガジンハウス)を買った。特集「ニューヨーク退屈日記。」(2018年5月号)に、ゲイ・タリーズのインタビューが掲載されていると聞いたからだ。

 まだまだ必死でしがみついている三文文士稼業。追いつき追い越すべき背中は竹中労と、ゲイ・タリーズ。

 ルポライターも一種の芸道と考えれば、まずは名人の芸に学ばねばならぬ。というわけで、いつだったか原稿を書くときはスーツを着用するというタリーズの習慣に「なるほど」と思って以来、原稿を書くときはスーツである。

 この習慣は便利である。いつ何時に、会いたい人と会えるチャンスが舞い込んでも安心だ。なので、出かける時も必ずネクタイは着用である。ただ、考えものなのは田舎に取材に出かける時である。田舎町を、スーツ姿で歩いていると、ともすれば、何かくだらないものでも売りつけに来たセールスマンにしか見えなくなる。スーツひとつをとっても、そう見えないようにするためには、どうするかが考えものだ。

 ともあれ、値段によらず凡庸かつ、取材相手に敬意のない服装だけは避けたい。

 さて、そのタリーズの主著『汝の隣人の妻』は、1970年代アメリカの性の変容を描いたノンフィクションである。この本を書いたせいで、タリーズという人はアメリカでも日本でも、いまだに変態野郎と思われているフシがある。

 とりわけ日本では、邦訳が出版される時には、そのイメージが極めて強くなる。昨年、久々に邦訳された『覗くモーテル 観察日誌』(文藝春秋)は、装丁が官能小説か何かと勘違いされそうなもの。原題の『The Voyeur’s Motel』で検索して表示される書影と並べると、とても同じ内容の本とは思えない。

『汝の隣人の妻』も、当時どういう都合があったのか二見書房から出たもので、表紙が極めてエロ寄り。この文章を書くために、改めて目を通そうと電車で移動中に読んでいたら、筆者の隣に座っていた若い女性が、怯えた目をして立ち去っていた……。

 本の内容も、そういうものだから仕方がない。なにせ、この本を書くために夫婦の危機も気にせず、乱交セックスの限りを尽くしたのが、タリーズその人。話題にはなったけど、その後しばらく大変な目にあったと聞く。

 とはいえ、今改めて読んでみたが、この本の価値は高い。それは、ページの多くを割いて、見てきたように書かれている、出版物にセックスを登場させようと飽くなき挑戦を続けた先達者たちの伝記になっているからだ。

 最終的に、先達者たちの屍の上に栄光を手にしたのは「プレイボーイ」を創刊したヒュー・ヘフナーなのだが、そこに至るまでも教会や、信仰深い大衆、政府までをも敵に回して、エロに人生をかけた男たちは、数多いた。

 例えば、章をひとつ割いて記されるサミュエル・ロスという人物は『チャタレイ夫人の恋人』を出版し、何度投獄されても諦めることはなかった。

 とにかく、上下二巻のボリュームの中でタリーズが語る重要な軸の一つは、エロの世界で自らを打ち立てようとした恐れを知らぬ者たちの存在。そうした存在がいてこそ、メディアなり産業なりにエロが勃興してくる現在があるということ。

 記されたその戦いは、ひたすらにカッコイイ。難解な理屈などない。自分がエロいと思い、欲するもの。それを、読者の心臓と股間に打ち付ける充実したものへと昇華させる熱意。さらに、取り締まりが厳しく販路もない中で、読者の手に届く方法を思考する努力。

 今のように、インターネットでお手軽にエロが入手できる時代となり、凡庸な人々が、理想もなく好き嫌いでエロを語る時代とは、違う何かが確実に見える。
(文=昼間たかし)

最終更新:2019/11/07 18:37
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