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自称・コント村村長がサイゾー降臨!

第3のメンバー(?)ふくちゃんも大人気! 東京03も激推しする次世代コント「ゾフィー」の野望

コントを量産する“頭脳”の上田

コントを量産する“頭脳”の上田

――上田さんがものすごい量のネタを書いているという噂を聞きまして。

上田 はい。1日に300とか。

サイトウ そんなワケないんだよ。

上田 アイディアはそれぐらい出してます。つまらないのも含めてですけど。とにかく量を出すやり方なんで。

――設定を一行で書くような?

上田 そうです。たとえば、「しゃべらないお医者さん」とか。面白いかどうかのジャッジはしないでバンバン書きます。それを1週間続けると、週末に1500できてるわけじゃないですか。そこから僕が『キングオブゾフィー』と呼ぶ作業で、エントリーした1500の中から面白そうなのにマルして、週間チャンピオンを決めます。残ったやつでさらに月間チャンピオンを決めて。

――『キングオブコント』というより『マイナビラフターナイト』のシステムですね。

上田 で、残るのは月に2~3本ですかね。

――書く時間は決まってます?

上田 朝起きて1時間以内に喫茶店に行きます。そこでバンバンとエントリーして、午前中にはおしまい。村上春樹さんが午前中に小説を書くシステムを踏襲しました。もう習慣になって、やらないと気持ち悪くなるんです。きっと晩年も病室でやってるでしょうね(笑)。

サイトウ 僕はそこには関わってなくて。

上田 だから『キングオブコント』の視聴者と一緒で、残った数組しか見られないんです。激闘の準決勝を知らない。

ネタ作りには無関係

――上田さんは昔から脚本を書くのが好きだったんですか? 演劇をやってたそうですが。

上田 好きでした。でも演劇をやってた時は、お客さんを満足させる意識は皆無でしたね。お芝居って何やってもいいじゃないですか。ウケなくても「別にコメディじゃないし」と言い訳できる環境に思いきり乗っかってました。

――脚本的には笑いをとる方向性だったんですか?

上田 いや、メッセージを伝えたかったんです。社会的不満に苛まれて人間が変わっていく様を、パワハラを題材にやってました。やって来ては部屋をめちゃくちゃにする上司がいて、それにおびえる会社員が俺なんです。そこで信頼できる先輩に相談したら、結局説教してきて、やはりパワハラが生まれる。そしてその先輩を僕が殺してしまって、死体を海に捨ててから覚醒するんですよ。顔を白塗りにして、なぜかチャイナドレスを着て、上司の家に殴り込みに行く……。だけど上司に返り討ちにあう芝居をやってました。

――ずいぶんと陰惨な……。チャイナドレスは笑いほしさで?

上田 違います! なんらかのメッセージあったはずなんですけど、思い出せません。ただ、それだからかこないだ映画の『ジョーカー』見てたら「俺だ!」と。

――確かに復讐心や白塗りの要素がかぶってますね。ちなみに劇団名は?

上田 「カルチャーズ」……(笑)。文化。日本を変えようとしてました。

憧れはまさかの“ジョーダンズ”!?

――劇団をやってたのが、どうしてお笑いの道に?

上田 劇団が破綻して、借金も多少残って、こうやって朽ちていくんだと嘆いてた時、大学の先輩にお笑いをやらないかと誘われたんです。「もうどうでもいいや」と投げやりな気持ちで書いたコントが、『ラママ新人コント大会』で「面白いよ!」と言われて。そんな風に評価されたのが初めてで、さらにライブ出たらウケてで、それからハマりました。

――もともとお笑いは好きだったんですか?

上田 小学校の時、父親が別にお笑い好きでもないのに、「これはすごい。人生に必要だから見ておけ」って『ごっつええ感じ』を見せられたんです。ちょうど小学校1年生から6年生の間、日曜8時になると毎週がっつり見てました。

サイトウ 僕は『ボキャブラ天国』を見てて、あれは高校2年だったかな、レギュラー陣が故郷の青森にライブに来たんですよ。そこで見たジョーダンズさんがめちゃくちゃカッコよくて。スターだった三又さんが出てくるまで、相方の山崎さんがするつなぎのお喋りがすごい面白かったんです。それでお笑いをやりたいと思うようになって、その後、上京して……。

――お笑いをやるために。

サイトウ いや、それは女のケツを追いかけて来たんです。その子と結婚して「お笑いはできないな」とあきらめてたら、24歳で離婚することになりまして。そこで離婚もしたし、やりたいことをやろうと。

上田 「離婚もしたし」? そんな理由あるのか。

サイトウ そこからしばらく、芸人やるための資金と慰謝料と養育費を稼ぐため、バイトを3つかけ持ちしてたんですね。それで養成所に行こうとした時、バイトで知り合ったヤツがたまたま松竹の養成所を卒業して、組まない? と誘われてフリーで始めました。それが前の前のコンビですね。デビューしたのが27歳でした。

上田 前のコンビの時、それぞれ浅草の小さな劇場に出てたんで、交流があったんです。

――お互いどう評価してました?

上田 サイトウさんはぶん回してた印象です。かたっぱしからツッコんで。

サイトウ モテたかったんです。“できるツッコミ”がしたかったんですよね。

上田 できるツッコミかと思って、コンビ組んだら違ったんで……騙されました(笑)。

サイトウ 僕は、(上田さんは)ネタ書いてるし、うらやましいと思ってました。台本いっぱい持ってくるから、「やらないならほしいな」と。

上田 そういうイヤらしい目で見てたんだな……。

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