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スタンダップコメディを通して見えてくるアメリカの社会【7】

【YouTub】ジョージ・フロイドが首を絞められていた時間8分46秒―― タイトルに冠された悲痛な叫び

 

【YouTub】ジョージ・フロイドが首を絞められていた時間8分46秒―― タイトルに冠された悲痛な叫びの画像1
(写真/Lester Cohen ・寄稿者『getty images』より)

 ブラック・ライブス・マター運動(”黒人の命も大切”運動)がアメリカで高まりを見せている。日本でも報道されているように、5月末に起きたミネアポリスでの白人警官による黒人ジョージ・フロイド氏の殺害をきっかけに抗議運動が全米に波及した。筆者の住むシカゴでも事件直後からプロテストに参加する人々で道があふれ、一部、暴徒化した市民による略奪や放火で街が大きな混乱に見まわれた。

 こうした中6月6日、沈黙を守っていたコメディアン、デイブ・シャペルがついに舞台に上がった。公演名は『8:46』。そしてその模様が何の予告もなく6月12日にYouTubeにアップされると、アメリカに大きな衝撃が走った。 デイブ・シャペルはアメリカでその名を知らない者はいない、今最も影響力のあるスタンダップコメディアンである。1990年代初頭から第一線で活躍し、昨年は自身3度目となるグラミー賞を「ベスト・コメディアルバム部門」で受賞し、更にはアメリカコメディ界最大の栄誉とされる「マーク・トウェイン賞」も手にした。2018年には、電撃来日公演も果たしている。

 そんなデイブの持ち味は、扱う話題の幅広さ。どんなトピックにも真正面から切り込み、それをシニカルに、そして時に大胆に笑いに変える。とりわけ人種差別に対しては自身の黒人という視点からブラックジョークにまぶし、向き合ってきた。

 自身の名前を冠した『シャペル・ショー』の中でのネタの数々は笑えるだけでなく、奥行きと含蓄があったが、そんな人気絶頂の2006年、デイブは突如番組の降板を表明し表舞台から姿を消した。「自分が笑い者にされている気がするから」という理由で。

 のちにNetflixのスタンダップ・スペシャルで復帰を果たすのだが、その勢いはとどまることなく、その作品には深みと繊細さが増した印象がある。Netflixのみならず今でも全米ツアーを行ない精力的に舞台に立ち続けているデイブだが、世界中を襲ったコロナ禍で今回のショーは実に87日ぶりのステージだという。

 彼の住むオハイオ州の特設屋外ステージで行われた公演には「三密」にならぬようソーシャルディスタンスを守った上で、マスクを着用した観客が集まった。名前をアナウンスされたデイブが舞台に上がった途端に、会場の空気が一変するのが画面を通じても伝わってくる。

 2018年、私がロサンゼルスの劇場に出演していた晩、彼がフラッと立ち寄りネタを披露していったことがある。舞台に上がった瞬間、劇場の空気がぴんと張り詰め、観客たちがその一挙手一投足を食い入るように見つめ、ひと言も聞き漏らすまいと耳を傾けていたことが昨日のことように思い出される。 本作でもデイブはラフな格好で、いつものように時折ハッパを吸いながら、リラックスした様子で話し始めた。「プロテストに参加してる奴らを俺は支持する」。そして若手時代に体験したロサンゼルスでの地震と、その際にラリっていたエピソードで笑いを誘った。

 彼は突然、語気を強めてこう語った。「8分46秒、これが何の数字かわかるか? ジョージ・フロイドが警官に首を絞められていた時間だ。彼は自分が死ぬことをわかっていた。俺がロスで経験した地震は35秒だ。それですら死ぬほど怖かったのに、8分46秒もの間首を絞められて、どれだけ苦しかったろう」。

 各地で抗議運動が起こり、コロナでの経済的困窮も相まった暴動へと発展したアメリカでは有名人がSNSなどを通じてコメントを発表してきた。このような中でデイブ・シャペルは一貫して沈黙を守ってきた。

「こんな状況でコメディアンが言えることは何もない。でも言わなきゃいけないんだ」 動画中のデイブは、終始シリアスなトーンで今アメリカが直面する問題を語った。

 アメリカの人種差別の歴史は今に始まった事ではなく、近年でも警官による黒人への暴行でいえば12年に黒人少年のトレイボン・マーティンがフロリダ州で銃殺されたし、14年にはニューヨークでエリック・ガーナーが首を絞められ亡くなった。その際に発せられた言葉「I can’t breathe(息ができない)」が”イキイキと暮らせない”という意味でも用いられBLM運動のひとつの標語にもなった。

 人種問題にとどまらずアメリカは今、歴史の中でも最も「分断」が可視化されている。宗教、経済格差、そして政治的なイデオロギーにおいて。それに加えてSNSで自身と同じ価値観、考えの人々が結束を高め合うことでその「分断」は我々の想像し得ないレベルにまで発展してしまった。

 そしてコロナや暴動での社会的混乱の中でしばしば、「こんな時こそ笑いが必要だ」という言説を目にする。私は、それらを目にするたびに“違和感”を覚えずにはいられない。実際に被害や感染に直面している方々のことを考えると、いささか暴力的にさえ聞こえてしまわないだろうか? しかし、それでもこの「分断」の中でスタンダップコメディアンにできることがあるとするのならば、自身の視点から意見の違う人々をも笑わせることで「対話」のきっかけになることなのではないか、と感じさせられた。

 デイブ・シャペルをもってしても「何も言えない」状況の中で、彼が意を決して舞台に立ったことには大きな意義があるはずだ。「笑い者」にされることに嫌気がさし、一度は表舞台から退いたデイブ。帰ってきた彼の紡ぐ「声」に、少しだけアメリカの未来の可能性を感じた。

<デイブ・シャペル>

ワシントンDC出身のコメディアン。1990年代に頭角を現し、映画などにも出演し大きな人気を博す。2003年にはケーブルテレビのコメディセントラルにて放送された自身の冠番組『シャペル・ショー』に出演。2006年表舞台から姿を消すがのちにNetflixでカムバック。以降勢力的に作品を発表。昨年もコメディ界の最大の栄誉、マーク・トウェイン賞を受賞。

『8:46』

<『8:46』>

デイブ・シャペルがコロナ禍の中、87日ぶりに行なった公演を納めた意欲作。タイトルはジョージ・フロイドを窒息させた時間に由来。BLM運動や、メディアの偏向報道、自身の祖先の出自などにも触れながら展開する深みのある1本。

Saku Yanagawa(コメディアン)

アメリカ、シカゴを拠点に活動するスタンダップコメディアン。これまでヨーロッパ、アフリカなど10カ国以上で公演を行う。シアトルやボストン、ロサンゼルスのコメディ大会に出場し、日本人初の入賞を果たしたほか、全米でヘッドライナーとしてツアー公演。日本ではフジロックにも出演。2021年フォーブス・アジアの選ぶ「世界を変える30歳以下の30人」に選出。アメリカの新聞で“Rising Star of Comedy”と称される。大阪大学文学部、演劇学・音楽学専修卒業。自著『Get Up Stand Up! たたかうために立ち上がれ!』(産業編集センター)が発売中。

Instagram:@saku_yanagawa

【Saku YanagawaのYouTubeチャンネル】

さくやながわ

最終更新:2023/02/08 13:21
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