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女性が霊山を登れないのは伝統か差別か?「女人禁制」の“正史”と批判派・擁護派の不毛な議論

フェミニスト強行登山への反発で維持された女人結界

――ある人が偶像崇拝を禁じている宗教を信じていたり、あるいはまったく不信心であったりするからといって、その人がキリスト像や仏像、それらに敬意を払う人をないがしろにしていいわけではないですしね。

鈴木 マスコミやフェミニストの多くは最初に「女人禁制は差別だ」という決め付けから入ります。しかし、これまでの議論は、批判する側も擁護する側も女人禁制・女人結界なるものがいつ、どこで言われ始めたのかという出典も不明確であれば、なぜそうなったのかという論拠も不明確なまま進んできました。
 その上、マスコミは大相撲の土俵の女人禁制に始まり、大峯山に話題を転じ、「海外にもある」とウィーンフィルやイギリスのパブにまで話が飛び、トンネル工事や原子力発電所でも女性が拒否されている/されていたといった現代の問題にまでつなげていきます。次から次へと拡大解釈をしていくのです。
 しかし、ひとくくりにされた当事者側からすると、「相撲と修験をなぜ一緒にするのか?」と思います。相撲は興行で、修験は修行です。山に女人結界があることと、大相撲の土俵に女性が上がってはいけないことの由来は、まったく異なるものです。
 ですから、今回の本では膨大な註と索引を付けることで、出典や論拠、由来を可能な限り明確にした上で議論できるようにしています。

――「伝統」と呼んでいるものも作られたり変わったりしてきたということは、しきたり・儀礼も人々の生活が変わったら変わっていくところがあるわけですよね?

鈴木 人間が作り出したものですから、時代が変われば規則も変わります。例えば、修験教団では信者が老齢化し、信仰も薄れていく中で、女人結界も「どこかで考え直さないと教団として成り行かない」という意識はあります。
 大峯山に関わる修験教団や地元の人々も決して一枚岩ではなく、1970年代頃から「女人結界はもうやめたほうがいい」と考えている人がいました。ただ、タブーとされてきて、表立っては言えなかったのです。
 他方、修験教団では女性の信者数は多いのです。女性のほうが信仰熱心な人が多いくらいです。こうした流れから「修験を続けるためには、もっと女性を入れたほうがいい」という意見も現れてきました。初めは女性を入れずに議論していましたが、「女性を入れて現代に適用できる議論をしたらどうか」という意見も出てきたのです。
 そして西暦2000年、修験の開祖とされる役行者の1300年御遠忌(ごおんき)を期に、女人結界を解除し、新しい山のあり方の規約を作るところまでいきかけました。ところが、その直前にフェミニストによる強行登山があって、地元の洞川で反対感情が一挙に高まり、すべて吹っ飛んで女人結界は維持されることになりました。大峯山寺の運営に関わる大阪・堺の講集団、阪堺役講(はんかいやっこう)の旦那衆は、「俺たちの目の黒いうちは絶対に認めない」と態度を硬化させました。長い間守っていた規則や考え方を変えるのは難しい。改革にはじっくりと時間をかける必要があります。

――「差別だ」「いや、伝統だ」で平行線にならない形で変化していく、ないし変化しないにしても、そもそも対話が成立する可能性はあるのでしょうか?

鈴木 新しい変化をするときはキリがよくないといけないですね。きっかけがなければ誰も言い出さないのです。ところが、きっかけがなかなか見つからない。その中で役行者1300年御遠忌と西暦2000年の重なりは、再出発にはいいタイミングでした。
 もちろんキリと言っても「大峯山は1300年続いている」というのは権威付けで、根拠は薄弱です。役行者は実在したと思いますが、修験の開祖に祀り上げられるのは鎌倉時代以降です。具体的な数字は戦後にGHQと醍醐寺の門跡が話をしたときに初めて出たもので、戦前までは「千数百年の歴史」と曖昧にしか形容していません。
 話を戻しますが、正直に言えば、解禁派と維持派の間で理性的で開かれた対話の場を設定するのは難しいと思っています。ただし、もしそれが可能になったならば、議論の土台となるものは今回の本で整理して提示したつもりです。

後編に続く


鈴木正崇(すずき・まさたか)

1949年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。慶應義塾大学名誉教授。日本山岳修験学会会長。専門分野は宗教人類学で、フィールドはスリランカ、南インド、中国貴州省、日本各地など。著書に『中国南部少数民族誌』(三和書房)、『山と神と人』(淡交社)、『スリランカの宗教と社会』『祭祀と空間のコスモロジー』(春秋社)、『神と仏の民俗』『女人禁制』(吉川弘文館)、『山岳信仰』(中央公論新社)、『熊野と神楽』(平凡社)、『ミャオ族の歴史と文化の動態』『東アジアの民族と文化の変貌』(風響社)。

マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。

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最終更新:2021/09/29 11:00
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