日刊サイゾー トップ  > 『青天』でナレ死した西郷隆盛と大久保利通

西郷隆盛には葬送曲が送られ、大久保利通は予知夢を見ていた――『青天を衝け』で“ナレ死”した彼らの死に際

首のなかった西郷の遺体…それでも西郷隆盛と判別されたワケ

西郷隆盛には葬送曲が送られ、大久保利通は予知夢を見ていた――『青天を衝け』で“ナレ死”した彼らの死に際の画像2
西郷隆盛像(上野恩賜公園、東京都台東区)

 西郷軍を討つために新政府から派遣されて鹿児島に来た山縣有朋は、旧・長州藩出身者でしたが、西郷が目をかけて育てた人物でした。山縣率いる新政府軍が城山へ総攻撃を開始する前夜、つまり9月23日夜、後がない西郷隆盛のために、陸軍軍楽隊が葬送曲を演奏した記録すら残されています。「西南戦争」末期においても山縣、ひいては新政府の高官による西郷への敬愛は変わっていなかったことがうかがえます。

 人生最後の5日間を城山の洞窟で過ごした西郷は9月24日、ついに投降を思い立つのですが、下山の最中に新政府軍からの銃撃を受けて倒れ、同行していた別府晋介という部下に「もうこのへんでよか」と自害の意志を告げ、介錯を受けました。

 西郷の遺体は現場に残されていたものの、頭部はありませんでした。というのも、新政府軍が不平士族の反乱を起こした首謀者の首を痛めつける事例が報告されていたので(「佐賀の乱」の主領・江藤新平など)、西郷の首は当初、別の場所に隠されるようにして埋められたのです。

 ちなみに首もないのにどうして西郷の遺体だと判別できたかというと、それは彼の股間の特徴でした。西郷の検視書類に、はっきりと「睾丸水腫」の四文字が刻まれているのを筆者も確認しましたが、さすがに驚きました。西郷が巨大な睾丸の持ち主だったことは、敵味方に関係なく知れ渡っていたのです。西郷の股間がそうなった原因は、日本では奄美大島や沖縄で多く報告されていた寄生虫症「フィラリア症」の影響だったのではともいわれています。晩年には、西郷は肥満に加え、股間の膨らみが大変なことになっていたため馬に乗るのもひと苦労だったそうです。

 なお、一時は切り離され、別の場所に埋葬された西郷の首と身体は、山縣の尽力によって発見され、つなぎ合わせた上で浄光明寺跡に埋葬されました(現在の南洲神社の鳥居あたり)。その後、明治12年(1879年)に浄光明寺跡の仮埋葬墓から南洲墓地に改葬されたといいます。

大久保利通を暗殺したのは“西郷信者”

 ドラマでは、渋沢が西郷の死を嘆くシーンの後に、岩崎弥太郎(中村芝翫さん)に弟・弥之助が「大久保卿が殺されたと……不正士族に襲われて、めった刺しにされたと」と報告していましたが、これは西郷を排斥した大久保に、“西郷信者”ともいうべきシンパたちが刃で襲いかかった末に起きた惨劇でした。

 明治11年(1878年)年5月14日早朝、裏霞ヶ関の自宅から馬車に乗った大久保は、皇居に向かう途中、四谷・紀尾井坂あたりで、その“西郷信者”の若者6名に取り囲まれ、めった切りにされてしまいました。

 興味深いことに大久保はその数日前に“予知夢”を体験し、それを前島密に告げています。大久保は、西郷と崖の上で争いになり、崖から落ちて頭が割れ、脳がうごめいているのを夢で見て、「気持ち悪い」と感じたそうですが、それとまったく同じ事が数日後に起きるとは想像もしなかったでしょう。

 大久保の死因は首を刺されたことだったようですが、事故現場で検死に立ち会った前島いわく、「(大久保の)肉トビ骨砕ケ頭蓋裂ケ、頭脳ノミ尚微動スル」という惨憺たる光景には「茫然自失」するしかなかったようです。

 テロリストと化した西郷の信奉者の手で、内務卿(明治初期の事実上の首相)となっていた大久保が暗殺されたことは、明治新政府の権威を揺るがす大事件でした。『青天~』では石丸幹二さんという演技派を大久保に起用していたのですから、ここはもう少し、踏み込んだ描写があってほしかった!と思われます。しかも『青天~』には、木戸孝允や福沢諭吉などのようにセリフの中にしか名前が出てこない要人がかなりいた中、前島密はちゃんと登場していたのですから(三浦誠己さん)。

 明治新政府は、大久保暗殺事件で地に落ちた“国威”を豪勢きわまりない葬儀を行うことで回復しようとしました。西郷と大久保という重鎮に去られた後の新政府の高官たちの思考回路が、いかに短絡的なことか……。

 イギリスの新聞で報道された内容によると、5月17日、長さ九尺(約2.7メートル)、幅五尺(約1.5メートル)の巨大な棺に収められた大久保の遺体は、50人もの人夫(公役に徴用された人民)たちに担がれ、騎馬姿の警視局(当時)の面々らに先導されて青山墓地に向かって進みました。それに皇族、華族、上級役人たちの葬列が続いたので、沿道は高貴な人々の姿を拝みたい群衆たちで溢れかえったそうです。

 青山墓地に設けられた大久保の墓所は「一万五千円」も費やされ、整備されたといいます(当時の1円=現在の2万円のレートで計算すると3億円)。

 本編後のコーナー「青天を衝け 紀行」でも少し触れられていましたが、数々の公共福祉事業や、新政府内の赤字の補填まで私費で行っていた大久保が残したのは、わずかな現金と8000円もの借金でした(現在の貨幣価値で1億6000万円)。本人が聞いたら、「私の葬儀にそんな大金を使うくらいなら……」と絶句したような気がします。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 11:40
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