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【コラム】サウナを愛する血筋は古代から

ブームじゃなくリヴァイバル!? 入浴文化で考察するサウナ愛

文=佐藤公郎

──アートと融合した幻想的なサウナ空間が話題となったり、コロナ禍において個室(ソロ)やプライベート(貸切)空間を提供する施設が増えるなど、もはや一過性のブームとは言い切れなくなったサウナ。もしかして日本の入浴の歴史をさかのぼれば、そこに隆盛のヒントが隠されている……!?(「月刊サイゾー」2021年9月号より転載)

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「蒸し風呂が主流だった時代は、きっとこんな感じの入浴スタイルだったのであろう」の図。洗体やアカスリのお手伝いをする男性は「三助」、女性は「湯女」と呼ばれていた。(イラスト/おすじ)

 2020年12月、フィンランド式のサウナ入浴文化がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界中のサウナ愛好家たちが喜びの声を上げた。ここ日本も同様で、老舗カプセルホテルのくたびれたサウナ室でおじさん同士が「サウナが文化遺産に登録だってね」と俎上に載せるほどだ。そんな年配者のみならず老若男女が入り乱れる空前のサウナブームだが、生粋のサウナ愛好家たちからは「コロナ禍でにわかサウナーたちは引退する」と言われていた。しかし、緊急事態宣言もなんのその、むしろにわかは中堅へと地位を向上させ、新規ユーザーが後を絶たない活況を見せている──なぜか? そこで、温泉大国と知られる我が日本における“入浴文化”に着目。温泉評論家であり、日本温泉地域学会会長を務める石川理夫氏の助言と共に、日本のサウナ入浴史を紐解いてみた。

 まず、石川氏は著書『温泉の日本史』(中央公論新社/18年)で「温泉の恵みは縄文時代から」と記述している。もちろん、古代からサウナが存在していたとは考えられないが、“風呂”という習慣にサウナのヒントが隠されているかもしれない。石川氏に問う。

「今は“入浴”といったら『お風呂に入る行為』ですが、過去にさかのぼると“湯”と“風呂”という文化は区別されていました。仏教が伝来し、大陸との交流が深まっていく5~6世紀よりも前に、日本での“湯水に浸かる入浴文化”を記述した中国の史書に『魏志倭人伝』があります。そこでは家族を亡くし身を清める意味で、着衣での沐浴・水浴みの習慣があったことが記されており、いわゆる『お風呂に入る』という行為にはあたらないんですね。なので、定説ではないのですが、(今で言う)入浴の文化自体は、卑弥呼の時代(邪馬台国)以前からあった、とも考えられるのです。大場修氏の著書『風呂のはなし 物語 ものの建築史』(鹿島出版会/86年)にも、古くから“石風呂”や“かま風呂”と呼ばれる空間があったという記述がありますが、これがいわゆるサウナのルーツといわれる熱気・蒸気浴の元祖にあたるかもしれません」

 沐浴とは「体を水で洗い清めること」を指し、宗教的儀式や乳児の洗身に加え、煙や香料などで汚れを落とす行為も含む。そしてサウナには、熱したサウナストーンに水やアロマオイルをかけ、発生した水蒸気によって発汗作用を促進する「ロウリュ」という入浴法がある。汚れを落とす沐浴と、デトックス作用があるとされるサウナ。どこか親和性の高さを感じさせる。石川氏が続ける。

「仏教寺院は“温室”や“浴堂”といった入浴施設を備え、これらは言葉からもわかる通り、釜で沸かした蒸気を浴室に送る熱気・蒸気浴で、まさにサウナ的な空間だったといえるでしょう。そこで汗をかいた僧たちは垢を落とす──こうした流れが基本の入浴パターンであり、この文化は西日本を中心に広まり、今でもその浴室が京都などのお寺に残っています。その具体例として、(平安末期から鎌倉初期に)東大寺再建の造営にあたった浄土宗の僧、重源が挙げられます。彼は労働者を労う行為として、瀬戸内海岸付近の天然洞窟を活用し、そこに松葉や海草などをくべる石風呂を提供しました。熱気浴だけではなく、そこに塩水や海水をかけることで、タラソテラピー(海洋性気候のもと、海水や海藻、海泥を用いて行う自然療法)的な効果も得られる。これが労働者を中心に地元の人々の間で『素晴らしい!』と太鼓判を押されることになり、日本では蒸し風呂が主流となっていくのです。

しかし“風呂”といっても湯に浸かるわけではなく、かつ仏教の教えで裸での入浴は戒められていたこともあり、着衣での入浴という制約は江戸後期まで続くことになります」

 現代において着衣での入浴を促す施設は皆無だが(原則水着着用の施設は除く)、中世の時代には盛んになる銭湯でも、着衣は当たり前であった。それは蒸し風呂が主流であったから、かもしれないが、銭湯が一般的に普及し始める鎌倉時代になると、男性は湯ふんどし、女性は湯文字(腰巻き)の湯具を着用した入浴がスタンダードになり始める。

 また、江戸時代に入ると、それまで区別されていた「湯」と「風呂」の文化が融合し、庶民は温泉以外でも「湯に浸かる」楽しみを収得する。その歴史は蒸し風呂から半身浴、徐々に水位が上がり、肩まで浸かる「湯屋・風呂屋」へと形を変え、その頃にもなると湯具を脱ぎ捨て、手ぬぐいで大事なところだけを隠す様相へと変化する。この“湯具(着衣)”と“西日本”いう点についても興味深い話がある。東京生まれ東京育ちの50代サウナ愛好家の話。

「いろいろな土地のサウナに行くのですが、西日本はパンツを穿いてサウナに入るスタイルです。逆に東日本は素っ裸。京都にある『サウナ&カプセルホテル ルーマプラザ』や名古屋『ウェルビー』、岐阜『大垣サウナ』など有名な施設になると、サウナ室の前にパンツが用意されています。名古屋~岐阜あたりがパンツを穿くか素っ裸かの境目でしょうか」

 石川氏も「入浴の文化には東日本型と西日本型があり、前者は今でも混浴文化が残る湯治場があるのに対し、後者は温泉地でももともと男女別が多く、秩序を守る風習がある」と述べ、その文化がサウナの着衣あり・なしの慣習として残っているのではないか。

 こうした史実を鑑みると、日本の入浴スタイルは、熱気・蒸気浴スタイルが主流だったことから、極めてサウナ的であったといえる。そして、 「サウナ好きの人間は享楽的に見られがちですが、愛好家になればなるほど礼儀やマナーはしっかりしてる」(前出・サウナ愛好家)という言葉からは、仏教における慎ましさすら感じさせる。

 つまり日本人がサウナを愛でる理由というのは、東京五輪(64年)でフィンランドの選手が選手村に持ち込んで流行した──のも一役買ってはいるだろうが、入浴文化の歴史に目を向けてみれば、日本人のDNAに訴えかける、必然的なリヴァイバルともいえるのだ。

「その指摘は、もしかしたら正しいのかもしれません。サウナ的な蒸し風呂文化は古代から連綿と続いていますし、私自身はサウナを利用しないのですが(苦笑)、温泉の天然蒸し風呂に入り、毒素が抜けるような爽快感を味わうのは大好きです。お湯だけでは体感できない熱気・蒸気浴の良さは確実にありますからね」(石川氏)

 コロナ禍で行動が制限される時代。熟練サウナーたちも気軽にお気に入りの施設に足を運べず、息の詰まる生活を強いられている。しかし、古くから連綿と続いてきた入浴文化的なマインドで捉えるのであれば、この逆境においてもサウナ愛が冷却されることは、そうそうないだろう。

最終更新:2021/11/07 13:00

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