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「天才」と「凡人」を描く『鎌倉殿』で異例の描かれ方をした“貴公子”平宗盛

繊細で気弱だった平宗盛だが…政治的手腕はあった?

「天才」と「凡人」を描く『鎌倉殿』で異例の描かれ方をした“貴公子”平宗盛の画像2
平宗盛(小泉孝太郎)と平清盛(松平健)|ドラマ公式サイトより

 ドラマでは描かれませんでしたが、宗盛の素顔を示すエピソードとしては、治承2年(1178年)に彼の妻・清子が腫れ物をこじらせ、亡くなってしまった悲しみに耐えきれず、右大将という高い官職を投げ出してしまった逸話があります。美しい夫婦愛のエピソードかもしれませんが、この時、彼の異母兄で、平家の棟梁だった重盛が実質的な謹慎状態であった背景を考えると、本来ならこういう時こそ宗盛が「私が代理の棟梁として頑張らねばならない」と奮起するべきなのですが……。

 宗盛にとっては妹にあたる徳子が、高倉天皇に入内しており、後に安徳天皇となる皇子を授かる慶事がこの直後にあったことで、宗盛はすぐに右大将に復職するものの、翌年2月には再度辞任してしまうという、無様なことをしでかしてしまっています。父・清盛と後白河法皇の板挟みにあって疲れてしまったという説もあり、平家という軍事政権の中枢部にいるには、宗盛はあまりに繊細で気弱だったことは間違いないでしょう。

 しかし、彼の政治家としての力量が劣っていたわけではないようですね。宗盛は平家によって治承5年(1181年)に新設された「畿内惣官」の重職を、特に問題なく務めていたことがわかっているからです。畿内惣官とは、一般には耳慣れぬ官職ですが、畿内――現在の関西一帯の諸国(伊賀、伊勢、近江、丹波など含む)の在地の武士を束ねて支配する、いわば「鎌倉幕府」の関西版のような組織の長官、つまり“西の鎌倉殿”ともいうべき存在だったと推定することもできるでしょう。

 その一方で、宗盛は不運な人物でもありました。宗盛は、平家と対立することも多かった後白河法皇サイドへの“報復”として、自身が中心となって法皇とその周辺の財産を没収しましたが、この中に以仁王の所領も含まれていたがゆえに「以仁王の挙兵」が起こることになり、そしてこれが頼朝の挙兵のきっかけとなり、平家滅亡の遠因ともなったわけですから。

 先述のとおり、「壇ノ浦」で死に損なった宗盛は、検非違使である義経の手で都から鎌倉までいったん護送されるのですが、道中では延々と義経に対し「あなたのお兄様(=頼朝)に私の助命をお願いしたい」と繰り返したそうです。ただ、ドラマのように徒歩というわけではなく、粗末な板製の輿に乗せられての移動であり、鎌倉市中での宗盛は板輿のまま、愛息の清宗は馬に乗せられ、頼朝との面会場まで連れて行かれたそうです。

 頼朝は、官職を取り上げられて無位無官の宗盛には対面しようとはせず、ドラマでも描かれた通り、御簾越しに、それも比企能員を通じて言葉を伝えるだけという、身分の差を見せつけた面会しかしませんでした。『平家物語』では、「あなた自身に恨みはない」などという頼朝からの言葉を伝えに能員が近づくと、宗盛は能員に向かって姿勢を正したそうです。鎌倉の武士たちは、平家の総大将でもあった宗盛が、頼朝の一家臣にすぎない能員にまで恭しく接している姿を嘲笑いました。また、宗盛は頼朝にも自身の助命嘆願を切り出しますが、これを『平家物語』の作者は冷たく「残念なことだ」などと切り捨てています。

 宗盛はその後、義経の手で息子と共に京都近くまで連れ帰られますが、都まであと3日ほどの距離のところで突然、宗盛・清宗父子は引き離され、別々の場所で斬首されて果てたとのことです。なお、史料によると宗盛が連れていた男子は清宗だけではなく、別に何人かいたとするケースもありますね。しかし、どの逸話でも彼らのうちの誰かが生き残ったとするものはありません。

 ドラマで頼朝は、宗盛との対面後、「こうして父の敵を討つことができた今、宗盛の顔を見ても何の怒りも湧いてこなかった。むしろあの男と清盛が重なり、幼き頃に命を救ってもらったことを感謝していたぐらいじゃ」と振り返っていましたが、平清盛の温情によって命を救われたことで結果的に平家を滅亡させた頼朝は、同じようなことが起きてはならないと、宗盛と子ども(たち)を生かしておくことはできず、彼らの生命は奪われてしまったのでした。

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堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 12:34
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