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文化横断系進化論

『アネット』スパークス×レオス・カラックスが生み出したミュージカル映画の“異端児”

文=宮谷 行美(みやたに いくみ)

非現実的な悲劇を生々しい現実で彩る“異質さ”

『アネット』スパークス×レオス・カラックスが生み出したミュージカル映画の異端児の画像3
© 2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / RtbfTélévisions belge) / Piano

『アネット』が異端である理由は、ミュージカル映画の伝統を汲みながらも、持ち前のユーモアで“らしさ”を逸脱したところにある。例えば夢の街LAを舞台に、マリオン・コティヤール演じるオペラ歌手のアンとアダム・ドライバー演じるスタンダップコメディアンのヘンリーのセレブカップルが悲劇を巻き起こすというストーリー自体は、とりわけ珍しいものではないし、自己愛や名誉に目が眩んだ暴走劇や重圧に耐えられず錯乱する様は、シェイクスピアの『マクベス』を彷彿とさせる古典的な悲劇でもあるだろう。

 しかし、スパークスとカラックスはこの“わかりやすさ”を糸口とする代わりに、ダンスや華美な演出はあえて排除した。オペラの概念に基づきながらもポップに仕立てた色とりどりな楽曲は、世界中に轟かすように歌い上げるのではなく、近距離にいる相手に対して放つ言葉として、あるいは自分を癒すための独り言としてフィーチャーし、まっさらな愛情が怒りや妬み、執念、憎悪、絶望へと変貌していく黒い心のうねりを、これでもかというほど丁寧になぞり上げる。非日常的だと思っていた物語は、日常的かつパーソナルなものとして我々に急接近してくるのだ。

 音楽を軸にストーリーが進んでいくという点においては、全編を音楽のみで構成する『シェルブールの雨傘』(‘64)と共通はするものの、全曲を別収録ではなく同時録音にこだわった(※3)というあたりが、音楽への執念が深いカラックスならではの着地点ともいえる。元来舞台役者であるマリアンとアダムの力量を最大限に生かし、映画でありながら生で観劇しているかのような臨場感をもたらすと共に、登場人物に備わる内なる衝動や欲望、煌びやかな演出では隠れてしまいそうな小さな危うさや揺らぎまで引きずり出してみせた。ミュージカル映画へのシニシズムを超えるどころか、自分の内側にも眠るであろう歪な感情にまで触れられている気がして、時に嫌悪感や恥ずかしさのようなものが込みあがってくる。このリアリティこそが、従来のミュージカル映画にはない“異質さ”だと感じた。

『アネット』の意味を深める奇跡のラストシーン

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© 2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / RtbfTélévisions belge) / Piano

 演者の数々にスパークスの二人、さらにはカラックスと実娘のナスティアまでが揃って夜のLAを凱旋するオープニングシーンの印象強さはもちろん、壮大な音楽の数々、ラブシーンに差し込まれるウィットに富んだ歌詞、ファンタジーとリアルを共存させる映像美といったユーモアの効いた演出が本作の大きな魅力的だが、“ただでは終わらない”というのもこの映画の醍醐味の一つである。

 そこで欠かせないのが、ヘンリーと娘アネットが対峙するラストシーンだ。殺人の罪により刑務所に幽閉されるヘンリーの元にアネットが訪れ、訣別の時を迎えるというシーンだが、本来の脚本にはなくカラックスの意向によって追加され、それに伴いスパークスは新たに楽曲を制作したという。(※4)音楽の壮大なスケール感に力強い二人の掛け合い、忙しなく角度を変えるカメラワークそのすべてが圧巻で、渦巻く怒りや悲しみに息をする間もなく吸い込まれていく。最後の最後まで、ただでは終わらないのだ。

 ヘンリーの視点から見れば、愛した妻を失い、世間にも見限られ、最終的には唯一の娘まで失うという悲劇的シーンだが、両親の偽りの愛を満たすための“パペット”だったアネットは、両親を失うことでようやく“人間”として息をし始める。このシーンによって、一人の男の悲劇の行く末を描くと共に、アネットの未来への希望が見出されたのだ。これは愛娘を持つカラックスの親心であり、カラックス自身の願いでもある。

『アネット』というタイトルにふさわしい美しいラストシーンであり、劇中の混沌や衝撃の数々は観終わった後もずっと胸に残っては、時折息苦しさやえぐるような痛みを感じさせる。スパークスとレオス・カラックスという二つの才能が交わることでしか生まれなかった奇跡のワンシーンは、今以上に高く評価されるべき代物だと声を大にして言いたい。

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