日刊サイゾー トップ  > 北条義時が見た「白い犬」と信心深さ
歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『鎌倉殿』北条義時が見た「白い犬」の意味と、義時の「意外と気にしい」な側面

晩年の義時は「意外と迷信深い」?

『鎌倉殿』北条義時が見た「白い犬」の意味と、義時の「意外と気にしい」な側面の画像2
十二神将立像(戌神)|国立文化財機構所蔵品統合検索システムより

 ドラマでは、義時が源仲章の暗殺を企て、例のごとくトウ(山本千尋さん)を刺客として送ったものの、仲章のほうが一枚上手で暗殺は失敗、彼から名誉ある剣持役を奪われてしまったという演出になっていました。

 しかし、『吾妻鏡』においては、実朝の右大臣拝賀の儀式に参加していた義時が八幡宮の楼門に到着した際、彼は「俄(にわか)に心神御違例の事有り」……気分が突然、ものすごく悪くなってしまったと言って、剣持役を自らの意思で仲章に譲り、八幡宮内で少し休憩してから自邸に戻ったことが記されています。結局、剣持役を義時から譲られたことが原因となり、仲章は義時だと勘違いされて公暁の仲間たちから殺害されてしまいました。『愚管抄』でも、経緯は違えど仲章は義時と勘違いされて殺されたと記されています。なんにせよ、仲章にとっては実に不運なことでした。

 『鎌倉殿』では「運の強さ」が、天命を与えられた者の証しだとして描かれています。自分の身代わりになって、仲章が死んでくれたことは、義時の類いまれな強運さを物語っているといえますね。

 ただ、史実の義時には、運が良いというだけで、かっこ悪い印象はあります。「戌神さまのお告げ」のためにおそらく気が進まなかったものの、幕府の重鎮として右大臣拝賀の儀式を休むわけにもいかなかった義時が、自分を奮い立たせ、なんとか参加したはいいが、八幡宮の門に差し掛かるとお告げが気になったあまりに体調不良に陥って“早退”した……というふうにしか見えませんから。

 一説に、義時が体調不良を起こした時間が午後8時頃――まさに「戌の刻」であり、その時、彼の目に白い戌神の姿が見えてしまったことが突然の体調悪化の原因だったともいいます。そして、まさにその時刻に、義時が建立させた薬師堂内から戌神将の像の姿が消えていたとする『梅松論』という書物は南北朝時代に成立したもので、さすがに史実の内容とはいえないのですが、夢のお告げを意識するあまり、警告を無視しようとすると気分が悪くなってしまうのだとしたら、義時はかなり「信心深い人物」だったと言えるでしょう。

 この当時、個人で寺院の建立を行うことは、功成り名遂げた“エスタブリッシュメント”の証しです。ドラマでは、義時の父・時政が、頼朝による奥州藤原氏討伐の成功を祈って創建した願成就院(現在の静岡県伊豆の国市)が完成したシーンも出てきましたよね。

 一方で、寺院の建立は同時に“権力者の孤独”を象徴しているようにも思われます。人が信じられず、信仰に救いを求めずにはいられなくなったことの証しというわけですね。

 「信心深さ」は「迷信深さ」とも換言できると思うのですが、義時にそういう一面は確実にありました。「承久の乱」の最中に、泰時・時房の大活躍によって、幕府軍が上皇の兵を打ち破った報せが鎌倉に届きはじめた頃の「承久3年(1221年)6月8日戌の刻」、義時の館の湯殿に落雷があり、使用人の男性が一名死亡する事件が起きています(『吾妻鏡』)。義時は、泰時・時房には、「敵が上皇、もしくは天皇が遣わした兵であったところで、宮様方が直々に戦場まで出御なさっていない限りは打ち破れ!」と命令していたにもかかわらず、自邸への落雷事件については「神のたたりではないか」と感じ、悩み、大いに狼狽したそうです。ドラマでこの事件がどう描かれるのか(あるいは描かれないのか)、楽しみですね。

 ちなみに、神仏からの「警告夢」に義時が戦慄した逸話はもう一つあります。

 「承久の乱」が幕府方の勝利で終わった後、『吾妻鏡』承久3年の「閏十月二十九日条」によると、鎌倉に護送されてきた日吉社(=ひえしゃ、現在の日吉大社)の禰宜(ねぎ=神官)・祝部成茂という人物に、上皇軍に味方した疑いが持ち上がりました。祝部の尋問前日、日吉明神の使いである神猿(まさる)が、義時正室の伊賀の方(ドラマでは菊地凛子さん演じる「のえ」)の夢に現れ、彼女の髪の毛を怒りの形相で掴んできたそうです。日吉明神を日頃から信仰していたという義時はこの気がかりな夢について、大江広元に相談したところ、「祝部成茂を無実にしなさい」とのアドバイスを受けました。そして祝部は無事に京都に戻ることができたそうです。

 戌神将を信仰し、のみならず日吉明神も崇め奉る史実の義時の姿からは、ドラマではあまり描かれてこなかった彼の「神頼み」な一面がうかがえるようですね。なお、北条家の歴代執権は熱心な禅宗の信者だったことは有名ですが、それは鎌倉時代中期以降、第五代執権・北条時頼の時代以降の話です。ドラマでは、「白い犬」を見てしまった義時の信心深い側面が、最終盤に向かうにつれもっと見られるようになるでしょうか。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 12:24
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