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歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『どうする家康』の“運命の女”お市の方は家康と深い関係にあった!?

「お市の方と家康は婚約していた」という仮説

『どうする家康』の“運命の女”お市の方は家康と深い関係にあった!?の画像2
北川景子演じるお市 | ドラマ公式サイトより

 あくまで仮説ですが、「信長の妹お市の方と家康は婚約し、床入りも済ませていた」という見方があります。この仮説を唱えつづけている歴史小説家の安部龍太郎氏は、それを実証する史料の存在はないとしつつも、「2020年になって慶應義塾大学の浅見雅一先生が『キリシタン教会と本能寺の変』でルイス・フロイスがイエズス会総長に宛てた手紙を日本で初めて翻訳、紹介されたんです。それによると『信長の義弟である家康』と四回も書かれている」などとお話しなさっています(安部龍太郎ほか『人生を豊かにする 歴史・時代小説教室』文藝春秋)。

 つまり、家康が「信長の義弟」と書かれたのは、お市の方と家康は、正式な結婚にこそ至らなかったものの、実は深い関係にあったからでは……ということですね。「信長から盟約を結ぶ代わりに、驚くべき条件を提示される」というあらすじを見て、もしかしたら『どうする家康』でもその説が採用されるのか!?と若干ワクワクしている筆者でした。

 ただ、フロイスは自説を補強するためなら、多少の事実の脚色などは平気で行うタイプの人物で、イエズス会内での信頼度はあまり高くはありませんでした。また、筆者は、「浅見雅一氏が日本で初めて翻訳、紹介した」と安部氏が言っている文章の全体を確認できていないので、家康が信長の「義弟」という記述自体がどの程度の信憑性を持つものかは判断がつきません。

 しかし、普通に考えれば、今川家を裏切り、織田家に付いた時点で、家康は今川義元の「養女」である瀬名姫とは離縁したと考えても(史料がないだけで)おかしくはないでしょう。実際のところ、書類を交わすといった当時の“正式な離縁”をしていなかっただけで、瀬名姫と家康の心の距離は大きく離れてしまっていたのではないか?と思われてなりません。ドラマでは、今川家からの独立後も「家康を支え続ける心優しい女性」として瀬名姫は描かれそうですが、史実では、家康の裏切りを理由に、瀬名姫の両親は今川氏真から自害させられていますからね。そんなことがあっても変わらずに家康を「支え続ける」ことなど、はたして可能なのでしょうか。

 第4回のあらすじによれば、ドラマでは今川氏真(溝端淳平さん)から瀬名(有村架純さん)は「家康と離縁して側室になれ」と迫られるようですが、それが実際にあったことかどうかはともかく、史実において瀬名姫とその子が辛くも生き残ることができたのは、氏真が義理の妹にあたる瀬名に温情をかけてしまった、もしくは家康への報復のために彼女とその子・竹千代を生かすことにした……という面のほうが大きいのではないでしょうか。

 話が横道にそれましたが、このように瀬名姫とは事実上、離婚しているに等しい状態の家康に対し、信長が、彼の妹・お市を新たな正室としてあてがおうとするのは、ありえない話ではないわけです。

 ちなみに家康とお市の方が深い仲だったと考えている安部龍太郎氏によると、家康の家臣・松平家忠の『家忠日記』、「天正十年(1582年)五月二十一日」の記述も、その論拠となるといいます(「日本産経新聞」2021年4月18日)。

 この日の『家忠日記』によると、信長みずから家康の食事を配膳し、当時、人気のあったお菓子である「麦こがし」を作り、もてなしたとあるのですが、その際、信長から家康に「引き出物」として与えられた品の中には、女性用の絹織物である「紅の生絹(すずし)」も入っていました。これこそ、信長がお市と家康の婚約(というか、内縁の関係?)を祝った行為ではないか……と安部氏は考えているようですが、天正10年5月といえば「本能寺の変」で信長が亡くなる直前の時期ですし、その翌年はお市の方も、二番目の夫・柴田勝家と自害してしまっています。この信長の「おもてなし」が、「清洲同盟」の結ばれた永禄5年(1562年)前後のことであれば話はだいぶ違ってくるのですが……。ただ、「大河ドラマ」は歴史小説と同じくフィクションですので、この際、いろいろと自由に描いていただいたほうが視聴者としては楽しくなるな、と思ったりはしますね。

 家康とお市の方の関係の根拠とはなりえないものの、この『家忠日記』の一節については、ドラマや、他の史料で描かれる信長像とは大きく異なり、実際の信長はずいぶんと愛想の良い人だった(少なくとも、そういう一面もある)ということがうかがえるという意味で、興味深い記述です。実は信長には、家臣に手をあげるなどの暴力を振るったとする一次資料は、ほとんどありません。「本能寺の変」の後、明智光秀が「信長から暴力を振るわれていた」という噂を流したくらいなのです。こうした情報も頭に入れたうえで、「狼」として描かれる『どうする家康』の信長をご覧になると、また見え方が変わって面白いかもしれません。そして信長とはとても仲がよかったというお市の方と家康の関係が、ドラマではどう描かれるか楽しみですね。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 11:34
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