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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.733

イスラムの聖地で起きた娼婦連続殺人事件 ミソジニー社会の闇『聖地には蜘蛛が巣を張る』

イスラムの聖地で起きた娼婦連続殺人事件 ミソジニー社会の闇『聖地には蜘蛛が巣を張る』の画像1
イランで実際に起きた連続殺人事件を描いた犯罪サスペンス

 イスラム教の聖地にて、連続殺人事件が起きた。イラン第2の都市・マシュハドはシーア派最大の聖地として巡礼者たちで賑わう一方、アフガニスタンとの国境に近く、アヘンの密売ルートにもなっている。そんな二面性を持つ大都会で、2000年~2001年に「スパイダーキラー」と呼ばれる連続殺人鬼が現れた。

 犠牲になったのは、すべて女性。夜の街に立つ娼婦たちだった。まるで蜘蛛の巣に掛かるように次々と犠牲者は増えていった。犠牲者数が16人となり、ようやく犯人が逮捕される。捕まった男はサイード・ハナイ。既婚者で、2人の子どもがいた。サイードはサイコパスではなく、「街の浄化のため」だったと主張した。裁判期間中はサイードを「英雄」と称え、釈放を求める声が上がるなど、イラン社会を大きく揺るがした事件だった。

 セックス、ドラッグ、殺人……。宗教国・イランの知られざる一面を暴き出したのが、アリ・アッバシ監督の実録犯罪サスペンス『聖地には蜘蛛が巣を張る』(原題『Holy Spider』)だ。アリ・アッバシ監督はイラン出身だが、表現活動に大きな規制があるイランでは映画製作はできず、本作はデンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランスの4カ国による共同製作となっている。

 映画の冒頭、客を装ったスパイダーキラーの手によってひとりの娼婦が殺害される過程が生々しく描かれる。シングルマザーであるその娼婦には幼い息子がおり、彼女が帰ってくるのを自宅で待っている。命乞いをする娼婦を、あっさりと殺すサイードだった。

 郊外に死体を捨てたサイードは、バイクに乗って次の獲物を求めて夜の街を走る。マシュハドの中心地には大きなモスクがあり、そこから放射線状に路が延びて街が形成されている。俯瞰したカメラが夜の街を捉えると、街自体がまるで巨大なクモの巣のようだ。アリ・アッバシ監督は連続殺人鬼の素顔だけでなく、殺人鬼を生み出したイスラム社会そのものを描き出そうとしていることが伝わってくる。

連続殺人鬼に挑む女性ジャーナリスト

イスラムの聖地で起きた娼婦連続殺人事件 ミソジニー社会の闇『聖地には蜘蛛が巣を張る』の画像2
ザーラ・アミール・エブラヒミは、カンヌ映画祭女優賞を受賞

 本作の主人公となるサイード(メフディ・バジェスタニ)は敬虔なイスラム教信者であり、善き父・善き夫でもある。イラン・イラク戦争では祖国のために戦場で戦った。普段は建築関係の仕事で汗を流している。犯罪には無縁そうなサイードだったが、家族の留守中に娼婦を自宅に連れ込み、一家の団らんの場となっている居間で殺人を繰り返す。犯行後は地元の新聞社に死体を遺棄した場所を電話で告げるなど、その犯行手口はあまりにも大胆だ。

 サイードと対決する、もうひとりの主人公が女性ジャーナリストのラヒミ(ザーラ・アミール・エブラヒミ)。イランの首都テヘランから取材に訪れたラヒミだったが、事件の調査は難航を極める。男尊女卑社会であるイランでは、女性がひとりでホテルに泊まるだけでも容易ではない。地元の警察署に勤める捜査官からは、取材に協力した見返りに性的な関係を迫られる。ラヒミが闘う相手はスパイダーキラーだけではなく、イスラム社会全体だった。

 ラヒミを演じたザーラ・アミール・エブラヒミは、イランでは有名なテレビ女優だったが、スキャンダラスな動画が第三者によってネット流出し、2008年にイランを去ることになった。現在はパリで暮らすザーラは、本作にキャスティングディレクターとして関わっていたが、アッバシ監督に出演を要請され、イスラム社会と闘う女性記者・ラヒミを演じている。2022年のカンヌ国際映画祭女優賞受賞も納得の熱演を見せている。

 ラヒミは被害女性たちの遺族を取材しようとするが、遺族はなかなか口を開こうとはしなかった。娼婦たちの心情を理解するため、またスパイダーキラーに近づくため、ラヒミは派手なメイクをして、夜の街に立つことになる。あまりにも危険な潜入取材だった。そしてラヒミの前に、スパイダーキラーことサイードが姿を見せる。

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