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『空白を満たしなさい』柄本佑が渾身の演技で見せた「自分の中の狂気」

『空白を満たしなさい』柄本佑が渾身の演技で見せた「自分の中の狂気」の画像
ドラマ公式ブログより

 人間の内面に迫った物語を描く、NHK総合の土曜ドラマ『空白を満たしなさい』。7月23日に放送された第4話では、これまで以上に鮮明に「自殺した人の心の内側」がクローズアップされ、主人公の死の真相が明かされた。

 このドラマは、2011年から2012年に『モーニング』(講談社)で連載されていた平野啓一郎による同名の長編小説を原作とした作品。死んだはずの人間が生き返る「復生者」のニュースが世間を騒がせる中、3年前に亡くなった主人公・土屋徹生(柄本佑)が復活する。死の直前の記憶を失っている徹生は、自分が自殺したとされていることに違和感を覚え、身に覚えのない自らの死の真相を探っていく……というストーリーだ。

徹生と佐伯が抱えている「自分の中の狂気」

 第3話で徹生は、全国の復生者を招待した「復生者の会」に参加。そこに、生前の徹生にしつこく絡み、自分を殺した“犯人”ではないかと疑っていた佐伯(阿部サダヲ)が招待もされていないのに姿を見せた。佐伯は、「お前はまだ気付かないのか。お前を殺したのは俺だよ。俺は、お前が1歳の時に死んで復生したお前の父親だよ」と衝撃の告白をしたあと、徹生の目の前で会場のテラスから身を投げる……というところで第3話は終了した。第4話冒頭、佐伯が一命を取り留めたことが明らかとなり、それを知った徹生は安堵する。

 第3話で、転落死した工場の屋上前の監視カメラの映像を佐伯に渡され、徹生は自分が誰かに殺されたのではなく、やはり自殺だったという事実を知ったが、それでも「なぜ」という疑問が抑えられない。徹生は実家や工場、佐伯の家を訪れ、母親や祖母、元上司、そして佐伯と語らい合う中で、自分の死の真相に近づいていく。

 徹生はかつて使っていた手帳を見ているうちに、亡くなった日のことを思い出し始める。改めて工場を訪れ、元上司の安西(渡辺いっけい)と記憶を確認する徹生。亡くなった日、徹生は取引先とのミーティングの約束があったが、手帳に予定を1カ月先に書いてしまうという凡ミスをしていて、徹生はすっぽかしてしまっていた。「楽しくても充実してても、疲労は疲労なんだよな」「疲れてないと、不安になるだろ」という安西の言葉が重い。徹生は完全に参っていたが、自覚できていなかった。左遷されている身だったことで、あとがないと追い詰められていたのだ。安西に頼み、転落死した屋上へと向かった徹生は、佐伯の言葉が頭の中に響き始め、佐伯の幻覚を見る。

 そして徹生は佐伯の家を訪れる。徹生はなぜ自分が自ら死を選択したのかやはりわからないと吐露する。そんな会話の中で、記憶の食い違いがあることに気づく。徹生は第1話で、自分にまとわりつく佐伯が勝手に車の中に乗り込み、雄弁な佐伯を黙らせるため首を締めたことを思い出していたが、佐伯にはそんな記憶はない。「私はあなたの車に乗ったことはありませんよ」「あなたより先に私が乗ってたんですか? どうやって乗るんです? 鍵もないのに」「あなたが車の中でうなだれているのは、よ~く見ましたよね」と、事実を突きつけられる。戸惑う徹生に、部屋に飾られた無数のゴッホの肖像画の話を始める佐伯。そして佐伯はついに、「本当は、ちゃんと生きたい」「もう自分の中の狂気に振り回されたくない」「まっとうに、みんなとおんなじように生きたい」「私は生きたいんだ……」とついに本音をこぼすのだった。

 佐伯のこの言葉を聞いて、徹生はついに自分が死の直前に何を思っていたかを思い出す。そして妻の千佳(鈴木杏)に「俺、自殺だったんだよ」と結論を伝えた徹生は、「やっと思い出した。最後に何を思って死んだか……。『生きたい』。そう思ったんだ」「本当にそうなんだよ。死にたいなんて……死にたいなんて最後の瞬間まで思ってなかった、本当に。生きたかったんだよ。死にたかったんじゃない」と打ち明けるのだった。

まっとうに生きなければいけないという強迫観念

 “死を選んだ人が、心の中では「生きたい」「死にたくない」と思っている”というのは、どこか禅問答やなぞなぞのような表現にも感じられる。その胸のうちを徹生から伝えられた千佳は、「おかしい?」と問われ、頭を横に振って否定してみせたものの、徹生は伝わってないと思ったのか、「本当にそうなんだよ」と何度も説明していた。あるいは徹生自身、頭では理解が追いついていないのかもしれない。おそらく筆者を含めた多くの視聴者も同じ感覚だったのではないだろうか。

 しかしゴッホの自画像を使った佐伯の説明を踏まえ、改めてその意味を考え直してみると、このエピソードが伝えたいことが浮かび上がってきたように感じる。

 佐伯は、「何で飛び降りたのか分からない」という徹生に、「あなたは疲弊してましたよ。でもそれを認めたくなかった。本当は、ボロボロにすり減ってた」と伝えたあと、自室に飾られた多数のゴッホの自画像について語りだす。「どのゴッホが本物のゴッホだと思いますか?」と謎めいた問いかけをし、ゴッホが自分の耳を削いだ直後の絵を指して「私はこのゴッホだと思う」という佐伯。「え……そのほかのゴッホは偽物?」と戸惑う徹生に、佐伯は「ほかのゴッホも全て本物のゴッホ自身です」と笑う。

 これは自画像自体の真贋の話ではなく、人の内面、人格の部分の話なのだろう。佐伯は「あなたの中にもいろんなあなたがいるでしょう?」と徹生に尋ねる。誰にも見せていない自分、圧し殺した言葉、あるいは自分ですら気づいていない本音……おそらく、そういう話をしているのだ。さらに佐伯は、「ゴッホは拳銃自殺をするんです。どのゴッホがどのゴッホを殺したと思いますか?」とさらに謎めいた問いかけをする。「この耳をそいだゴッホを、ほかの全員が殺したんです。この病んだゴッホを寄ってたかってみんなで殺したんです」と“答え”を伝えた佐伯は、「幸せでなくてはならないだとか、前向きでなくてはならないだとか、そういった欺瞞に満ちた正しさが人間を殺すんです」と“理由”を述べたあとに、「もう自分の中の狂気に振り回されたくない。まっとうに、みんなとおんなじように生きたいんですよ」と話したのだ。

 思えば、佐伯はずっと、社会が要請する“一般的”な“しあわせ”のかたち、生きる意味について疑問を投げかけていた。ゴッホが自分の耳をそいだように、佐伯も徹生も「自分の中の狂気」に振り回され、そしてそんな「病んでいる」自分が“一般的なしあわせ”からどんどん逸脱し始めていることを認めたくないあまり、そんな自分を消したいという考えに至ってしまう。徹生は千佳に「俺、やっぱりおかしくなってたんだよ、疲れ切って。その自分消して、まともになって、千佳と璃久とずっと一緒に幸せに生きたかったんだよ」と打ち明けていた。

 飛び降りる前の徹生は、追い詰められながらも、「何で俺はこんな必死で働いて、疲れ果てて、大した見返りもないのに身を削ってるんだ……!」という本音を、「そんなこと考えちゃいけない。働けるだけ幸せだ。もっと不幸な人間はいる」という考え方で自ら抑えつけようとしていた。第1話で車の中にいた“佐伯”の正体は、自分だった。徹生は「自分の中の狂気」に向き合えず、それは自分ではなく佐伯なのだと思い込んだのだろう。そして、誰も彼も、自分すら嫌いになればいいと囁く“佐伯”の首を締め付けたのは、そんな考え方を抱いてしまう自分を否定したいということ。そんな自分の内なる“狂気”を認めたくない徹生は、こんな自分を“消す”ことで“まっとう”になりたいと願い、屋上から飛び降りてしまったのだ。

 第3話で佐伯は「お前を殺したのは俺だよ」と言っていたが、実際には佐伯は関わっていなかった。となると、あれは佐伯が本当に言った言葉ではなく、徹生の内なる狂気が発したものだったのかもしれない。ということは、「お前が1歳の時に死んで復生したお前の父親だ」との告白も事実ではなく、徹生の内面がもたらした幻聴なのだろう。もしかすると、徹生がたびたび口にしている「自分は1歳のときに父親を亡くしているから、自分の息子には同じ思いをさせたくない」という思いの裏側には、「“まっとう”な父親として生きなければならない」という強迫観念があり、これも徹生自身を追い詰める要因のひとつとなっていたのではないだろうか。

 それにしても、これまでは阿部サダヲ演じる佐伯の不気味さがこのドラマを支配していたが、第4話は、自殺した事実と向き合おうと訪れた屋上で佐伯の幻覚に振り回されるシーン、車の中で自分の顔をした“佐伯”の囁きに怒り、首を締めるシーン、千佳にすべてを打ち明けるシーンと、主人公・徹生を演じる柄本佑の演技力が素晴らしい説得力を持って響く回だった。

まだまだ残る謎……千佳は何を隠しているのか

 ついに自分の死の真相を知り、妻の千佳に心のうちをまっすぐ伝えた徹生。息子・璃久(斉藤拓弥)との距離も縮まり、ようやく幸せな家庭として再スタートを切った……と思いきや、外出先で突然千佳が倒れて第4話は終了となった。

 これまでの放送で、千佳は徹生の死について「私が悪いんです」と自罰的な発言を繰り返している様子が見られている。さらに倒れる直前には、千佳の幼少期と思われる少女の幻覚も……。千佳の自罰的な思考と、徹生の死、そしてこの少女は、どのようなつながりがあるのだろうか。次回第5話で最終話となるが、この物語がどのように収束していくのかさらに気になる展開となった。第3話で深まった復生者にまつわる謎も一気に解き明かされる最終回となることを期待したい。

■番組情報
土曜ドラマ『空白を満たしなさい
NHK総合 毎週土曜22時~ / 再放送:翌週火曜25:15~ / 配信:NHKプラス
出演:柄本佑、鈴木杏、萩原聖人、渡辺いっけい、うじきつよし、藤森慎吾、ブレーク・クロフォード、田村たがめ、斉藤拓弥/風吹ジュン、阿部サダヲ、井之脇海、本田博太郎、野間口徹、木野花、国広富之、滝藤賢一 ほか
原作:平野啓一郎『空白を満たしなさい』(講談社)
脚本:高田亮
音楽:清水靖晃
制作統括:勝田夏子(NHKエンタープライズ)、落合将(NHK)
演出:柴田岳志(NHKエンタープライズ)、黛りんたろう
公式サイト:https://www.nhk.jp/p/ts/P89L596WL7/

東海林かな(ドラマライター)

福岡生まれ、福岡育ちのライター。純文学小説から少年マンガまで、とにかく二次元の物語が好き。趣味は、休日にドラマを一気見して原作と実写化を比べること。感情移入がひどく、ドラマ鑑賞中は登場人物以上に怒ったり泣いたりする。

しょうじかな

最終更新:2022/07/30 12:00
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