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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.6

派遣の”叫び”がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』

sounanfreeter.jpg平日は埼玉にあるキヤノンの工場、週末は東京で日雇いバイト……
と借金返済のために働き続けた岩淵弘樹監督。出勤前に猛烈な勢いで納豆ご飯をかき込む。
(c)2007.W-TVOFFICE

 雇用縮小のニュースが連日のように伝えられる今日、タイムリーなドキュメンタリー映画が公開される。映画完成後も派遣社員として働き続けた岩淵弘樹監督(1983年生まれ)の『遭難フリーター』がそれだ。キヤノンの本庄工場でプリンターにフタをする単純作業を日々繰り返していた岩淵監督のどん底生活を、2006年3月から約1年間にわたってデジカメで記録したもので、現代版『蟹工船』とも言えるシビアな内容となっている。

 派遣社員として当時の月給は19万円だが、住居費や光熱費などが天引きされ、残りは12万円。そのうち6万円は借金の返済に消える。納豆ご飯や30円のソーメンを食って空腹を満たす生活だ。休日は上京してデモ行進に参加するが「こんなことをしても、世の中は変わらないんじゃないか」とか、非正規雇用の実態を取材にきたNHKや関西テレビに対して「オレを世の中の被害者にしたいだけ」「オレの気持ちを勝手に代弁するな」など、岩淵監督の心の叫びが綴られていく。

 若者の雇用問題をめぐる居酒屋でのトークイベントでは団塊の世代と思われる初対面のオッサンから「フリーターの”フリー”は、君たちじゃなくて雇用者が”自由”ということなんだよ。君たちは奴隷。30歳になってから気付いても遅いよ」と説教されるシーンも織り込まれた、自虐的なセルフドキュメンタリーだ。岩淵監督は、さらにカメラに向かって叫ぶ、「負け組、負け組って、オレは一体誰に負けたんだ? 誰の奴隷なんだ?」

 上映時間67分の中編だが、上映の際には岩淵監督が参加してのティーチン(質疑応答)が度々設けられ、現在進行形の問題であるこのドキュメンタリーはティーチインも作品の延長となっている。山形国際ドキュメンタリー映画祭など各地の上映会場では、就活を控えた学生たちに「こんな風にはなりたくない」と言われ、年配の観客からは「もっと、しっかりしろ!」と叱咤されるのが、おなじみの光景となっていたそうだ。渋谷ユーロスペースでも毎週金曜日の最終上映後にティーチインが予定されているので、現在の岩淵監督の生の声を聞いてほしい。

 1月27日に行なわれたマスコミ向け試写後のティーチインも、かなりユニークだったので紹介しておきたい。

「NHKの番組がボクを取材にきたので、そのことを仙台の実家に電話したんですが、放送された番組ではボクの顔にモザイク処理がされていたんです。楽しみにしていた祖母はずいぶんショックを受け、寝込んでしまったようです」

 岩淵監督のおばあちゃんに悪いと思いつつも、客席から笑いが漏れる。キヤノンを辞めた後の新しい派遣先では時給の希望額を主張することで、生活はかなり楽になったそうだ。だが、職業として映画監督の道に進むかどうかはハッキリしないと、この日は語った。

「こうして映画を作って、たくさんの人に観てもらえて反応が返ってくるのは、今までにない刺激になっています。でも、だからといって映画の仕事に就くかどうかは今の時点ではわからない。映画を作らなくても食べていくことはできるし、取材などで『次のテーマは?』なんて尋ねられても、自分は一体何が撮りたいのかなんて答えられないですよ」

 もともと派遣社員として働き出したのは、大学時代に雨宮処凛に誘われて、イラクに”人間の盾”として渡航した際の借金がきっかけ。イラクでの体験が映像表現へと駆り立てたのかと尋ねたところ、「それはない」とあっさりと返答された。

「雨宮さんに誘われてイラクに行ったのは、大学生活が退屈で仕方なかったから。イラクでは劣化ウラン弾の後遺症で死んでいく子どもやボロボロになった建物を見て『すごいなぁ』『怖いなぁ』と思ったんですが、パックツアーに参加してたみたいな感覚だったんです。日本に戻り、泊まっていたホテルが戦争で爆破されたニュースも見ましたが、他人事というかテレビの中の出来事にしか感じられなかった。もちろん、世界で何が起きているのか自分の目で見ることができたのはすごくいい体験だったと思うけど、それが自分の価値観や表現に影響を与えたとは思ってないですね」

 悲惨な戦場を目撃したことで、まっとうに就職する気になれなくなった……など記事としてまとめやすいコメントは返してくれない。しかし、岩淵監督はプロの映画監督ではない分、誰にも気兼ねすることなく胸の内を明かしてくれる。

 岩淵監督が登録していた人材派遣会社は、08年6月に起きた「秋葉原通り魔事件」の犯人が登録していたことでも話題となった。事件を知ったときの心境も率直に語ってくれた。

「最初、ニュースを聞いたときは『ふ~ん』って感じでしたけど、後から犯人が自分と同じ派遣社員だったこと、同世代であることがわかって、それ以上の情報が自分の頭に入ってくるのはシャットアウトしました。神戸の酒鬼薔薇事件や佐賀のバスジャック事件の犯人も同世代だとか、自分と重ねようとすれば幾らでも重ねられるんです。でも、彼が殺人を犯すまでの感情の飛躍は理解できません。しばらくして、やはり気になるので秋葉原事件について書いた本を2冊ほど買ったんですが、評論家が何を言いたいのかさっぱり理解できず、読むのは止めてしまいました」

 岩淵監督は『蟹工船』のように派遣労働者の待遇を改善するための運動を起こしたい的な発言はいっさいしない。ひとりの映像詩人として、ただ自分が感じた”想い”をパンク歌手のようにストレートに叫び続けるだけだ。マスメディアが番組という形にパッケージ化することで取りこぼし落としていった、ひとりの若者の弾け切れない”感情”は今も映画の中をさまよい続けている。
(文=長野辰次)

●『遭難フリーター』
監督・主演/岩淵弘樹
プロデューサー/土屋豊
アドバイザー/雨宮処凛
挿入曲/豊田道倫
エンディング曲/曽我恵一
配給/バイオタイド
3月28日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
※岩淵監督が記したノンフィクション本『遭難フリーター』(太田出版)も発売中。映画では触れていなかった他の派遣社員たちの味わい深いキャラクター群像が詳しく描かれている。
http://news.sounan.info/

●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX

[第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が”倒錯美”の世界へ
[第4回]フランス、中国、日本……世界各国のタブーを暴いた劇映画続々
[第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は……
[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

遭難フリーター

『闇金ウシジマくん』の真鍋昌平がイラストを担当。

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最終更新:2012/04/08 23:05
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