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「”つぶやき”は世論のインフラたりえるか」佐々木俊尚が読む『Twitter社会論』

tsuda_twitter.jpg『Twitter社会論』(著:津田大介/洋泉社刊)

 『Twitter社会論』の著者・津田大介氏は、これから「ツイッターをはじめとするネットが、もうひとつの政治活動の場にならなければならない」として、次のように書く。

 ツイッター議員が増え、ユーザーと政策についてざっくばらんに会話できる環境が整えば、ある種それはネットで政策ベースの「タウンミーティング」をしているようなイメージになる。ツイッターは140字という制限があるため細かい政策論争には向かない。しかし、政策アジェンダがあらかた設定されていれば、リアルタイム性と伝播性(同時参加性)に優れている特性を活かし、アジェンダの「バグフィックス」をCGM的に効率よく行うことができるのではないか。

 この意見に私は反対ではない。しかしツイッターという生まれたばかりのネットメディアがその草創期を抜け出すころには、おそらく多くの問題が噴出することになるだろう。それらの問題を乗り越えていかなければ、ツイッターが政治に接続される民主主義の装置になることは難しい。

 最も大きな問題は、ツイッターでつぶやかれるなまなましいつぶやきを、どうフィルタリングして世論形成させるのかということだ。TechCrunch日本語版のこの記事で、ツイッター社の内部文書には「ユーザー10億人を獲得する世界初のウェブ・サービスとなる」「10億のユーザーがいれば、Twitterは地球の鼓動そのものになる」「〔新しい情報の〕速報システムというより、むしろ〔複雑にネットワークされた〕神経系と考えたい」と記されていると報じられている。

 確かにそうだ。ツイッター上には、あまりにもなまなましい人々の意志や感情があふれている。ツイッター人口が地球人口に近づいていけば、この意志や感情の集積はそのまま人類の意識の集合体になるだろう。

 しかし、この集合体を政治のインフラととらえようとすると、そこにはさまざまな問題が浮上してくる。

 たとえば、ツイッターの特定ユーザーが”カリスマ的”な強い影響力を持って権力化した場合に、その影響力を排除する方法も考えなければならない。脊髄反射的に人の頭脳と頭脳が直結するツイッターのようなライブなメディアは、それだけ外部からの影響も受けやすいのだ。

 このブログが書いているように、政治家と有権者の距離がツイッターによって近くなったと感じても、「インターネットは、まさにそのような『距離の魔術』を積極的にかつ簡単に作り出していくことが出来てしまうツールであって、政治家側もそれを逆手にとって利用しているのではないか」ということも起きる。

 さらに、これらのなまなましい意識は、ただツイッターのサーバにどさりと放り込まれてユーザーアカウントとつぶやいた時間のタグをつけて放置されているだけで、まったく構造化されていない。構造化されていないデータベースには、単なるノイズの集合体でしかなく、そこにはまとまった意志は生じない。これをどのように構造化することが可能なのだろうか。あるいは仮に構造化されたとしても、そこから政治意志を抽出し、世論へと接続させていくメディアはどのようなものなのだろうか。

 「世界政府のインフラを作る」という願望があるらしいグーグルは、もうその可能性まで検討しているのかもしれないが、しかし現在のところ、そのようなアーキテクチャーを具体的にイメージできる人はほとんどいない。

 二つ目の問題として、ツイッターという特異な文化圏は、おそらくわれわれの生活しているリアルの文化圏と衝突してしまう。

 ツイッター文化圏は、タイムラインという擬似的な時間の流れを軸に形成されていて、すべてのつぶやきは刹那的だ。まるで霧の深い森の中をゆるやかに歩いている時のように、つぶやきという樹木は姿を見せては後ろへと立ち去り、次から次へと樹木が現れては消えていく。見えなくなった樹木にはだれも気にかけない。つまり、われわれの意識はタイムラインの中を移動するのだ。ツイッター圏域の中ではアーカイブされた発言は看過される。このような刹那的な森林の中では、粘着的な議論も起きにくい。

 だが、ツイッターから一歩外へ出てウェブの広い空間から見ると、ツイッターはアーカイブの集積としてとらえられる。だからブログや掲示板のユーザーは、それらのアーカイブの中から発言を拾い上げて転載し、そこから豊かな深い議論に展開することも可能だし、あるいは失言をピックアップして粘着的な批判を加えることも可能になる。

 政治家の失言はよほどひどいものでない限り、ツイッターのタイムラインの中では許容されるだろう。注意深い用意周到なつぶやきよりも、失言も辞さないなまなましさがツイッター文化の中では求められるからだ。しかしそうやって許容された失言も、ツイッター文化の外側のウェブ空間からは指弾される可能性がある。さらにその外側には、ワイドショーや新聞や雑誌のマスメディア空間も広がっている。そうした劣化したメディアは、さらに許容度が低い。

 ツイッターという新しい文化圏域は、政治と国民を一気に近づけ、しかもそこに擬似的な親密関係を描いていくことも可能だ。これはたしかに著者の言う通り、政策決定プロセスをさらに可視化させ、豊かな政治を作り出す一助となってくれる可能性はあるだろう。しかし、その親密さが維持できるのはツイッター文化圏の中だけであって、同心円的に外部に広がっているウェブやマスメディアやさらにはリアル世論とそれらの親密さをどう潰さないで敷衍(ふえん)させていくのかというのは、非常に難しい問題だと思う。

 ダイレクトにつながるというのは、本質的には良いことだと私も思う。実際、そう信じている。でもそれによってさまざまなトレードオフがあることをきちんと認識していくべきだと思うし、おそらくは、今後ツイッターをめぐってさまざまな問題が噴出してくるだろう。かつて掲示板やブログが始まった時よりもいっそう深刻な形で。
(文=佐々木俊尚)

●ささき・としなお
1961年生まれ。毎日新聞、アスキーを経て、フリージャーナリストに。ネット技術やベンチャービジネスに精通。近著に『仕事するのにオフィスはいらない』(光文社)、『2011年新聞・テレビ消滅』(文藝春秋)ほか。

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最終更新:2009/12/20 15:00
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