日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 山崎邦正 ダウンタウンによって強制開花した「ヘタレの天才」が巻き起こす奇跡
お笑い評論家・ラリー遠田の【この芸人を見よ!】第85回

山崎邦正 ダウンタウンによって強制開花した「ヘタレの天才」が巻き起こす奇跡

houseiyamazaki.jpg『奇跡』(遊タイム出版)

 ダウンタウンは、笑いの都・大阪から東京にやって来たお笑い文化の伝道師だった。彼らが東京に進出して、全国ネットの人気番組を多数抱えるようになってから、関西弁や関西の笑いのエッセンスが一気に日本中の若者に広まっていった。「サブい(寒い)」「スベる」といった演芸用語の意味が一般に知られ、それが当たり前のように使われるようになったのは、ダウンタウンの登場以降のことである。

 そんなダウンタウンが広めた言葉の1つに「ヘタレ」がある。関西弁で「意気地無し」「臆病者」を意味する単語だ。この語が有名になったきっかけは、ダウンタウンが自身の番組の中で、後輩芸人の山崎邦正を指して何度もそれを用いたことだろう。言わば、山崎は「ヘタレ」の代名詞であり、ヘタレという単語が世間に広まるのと時を同じくして、山崎邦正という芸人も有名になっていったのだ。

 山崎は、体を張って危険な企画に挑戦することから、出川哲朗やダチョウ倶楽部のような「リアクション芸人」の系譜に位置づけられることが多い。だが、山崎は、どんな番組にも呼ばれる出川や上島竜兵と違って、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ系)というレギュラー番組を持っていて、そこを拠点にして活動している。言わば、山崎は職場を渡り歩くフリーランスのリアクション芸人ではなく、『ガキ使』というホームグラウンドを持つサラリーマン型のリアクション芸人なのだ。もちろん、山崎も他の番組に一切出演しないというわけではない。ただ、彼の才能が最も輝く場所はやはり『ガキ使』というフィールドなのである。

 山崎は、お笑い界随一の精鋭集団である「ダウンタウンファミリー」の出身である。今田耕司、東野幸治、木村祐一、板尾創路(130R)といったメンバーに並んで、山崎は軌保博光とのコンビ「TEAM-0」の一員としてダウンタウンの番組に出演していたのだ。

 彼は、そのメンバーの中では一種の落ちこぼれに近いポジションにあったと言っていい。大喜利的な発想力、当意即妙のフリートーク能力など、松本人志を頂点とする本物のお笑いセンスが試されるダウンタウンの番組では、山崎はなかなか自分の持ち味を発揮することができなかった。

 当時、ダウンタウンのもとで活動する若手芸人に求められた能力は、他のバラエティー番組で芸人が求められるものとはひと味違っていたのだ。木村のような作家型芸人、板尾のような発想力に長けた芸人が重宝されたことからもそれは明らかだろう。そのような「ダウンタウン的な物差し」で測ったとき、山崎は明らかに出来損ないの落ちこぼれ芸人だったのだ。

 だが、『ガキ使』のレギュラーメンバーに抜擢されたことで、山崎の運命は急転する。大声でわめき散らし、わが身一つで過激なロケにも挑戦する山崎のファイトスタイルは、低予算の深夜番組である開始当初の『ガキ使』とは非常に相性が良かった。ダウンタウンの2人もまた、山崎のそういう一面を伸ばそうとして、「ヘタレ山崎」という愛称を与えて、彼の秘められたリアクションの才能を徐々に引き出していった。

 そんな中で山崎の人気はじわじわと上がり、彼は「ヘタレ芸人」の代名詞として独自のポジションを築いていった。特に、山崎がリングの上でモリマンのホルスタイン・モリ夫と真剣勝負を繰り広げる「山崎vsモリマン」は、『ガキ使』の歴史に残る名物企画となり、2008年の大晦日には『NHK紅白歌合戦』の裏番組として堂々オンエアされる快挙を成し遂げた。

 山崎は、決して能力の低い芸人ではない。『ガキ使』以外の番組に出れば、それなりに進行もフリートークもソツなくこなす力はあるし、作曲、落語、卓球、心理学など、さまざまな分野に関心を持ち、それに打ち込む生真面目さを備えている。だが、どの分野にも本気になりきれず、器用貧乏の状態にあった山崎は、「ヘタレ」というフィルターを通すことで、一気にその才能を開花させることができたのだ。

 憎めないベビーフェイスと、数々の奇跡を起こしてきた豪運。笑いの神に弄ばれる奇才・山崎は、裸一貫で今日もヘタレの最先端をひた走っている。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)

●お笑いトークラリーpresents
「笑う犬の告白 ~人生で大切なことは全部お笑いで学んだ~」
【日時】8月4日(水) OPEN 18:30 / START 19:30
【出演】ラリー遠田、岩崎夏海
【Guest】吉田正樹
【会場】新宿ロフトプラスワン
前売¥2000/当日¥2500(共に飲食代別)
※前売券は7/3(土)よりローソンチケットにて発売。(Lコード:38927)

奇跡

ザキさんっ!!

amazon_associate_logo.jpg

●連載「この芸人を見よ!」INDEX
【第84回】フルーツポンチ 確かな演技力でポストバブル世代に現出した「キザ男のリアリズム」
【第83回】よゐこ 爆発力と切れ味で支持層を拡大する「自然体のシュール」
【第82回】バッファロー吾郎 マニアック芸人の権化が極めた「もうひとつの天下」
【第81回】ドランクドラゴン 完璧な構築物に風穴を開けて回る「鈴木拓のガッカリ力」
【第80回】高田純次 還暦過ぎても華衰えぬ「日本一の適当男」が歩み続けた孤高の道程
【第79回】森三中  メンバーの結婚で進化する「ブスとブスとブスの関係性」
【第78回】Wコロン・ねづっち  「整いました!」なぞかけ芸が時代にハマった深い理由
【第77回】所ジョージ  突出した安定感を生み出すボーダレスな「私の世界」
【第76回】土田晃之  元ヤン、家電、ガンダム……でも嫌われない「ひな壇の神」の冴えたやりかた
【第75回】タカアンドトシ  非関西系漫才のツッコミ新境地「欧米か!」が生まれた理由
【第74回】キングコング西野亮廣  嫌われるには理由がある!? 天才を悩ませる「出た杭の憂鬱」
【第73回】椿鬼奴  虚栄心から自由になった女芸人の「自然体が放散する魅力」とは
【第72回】萩本欽一  テレビを作り、テレビに呑み込まれた「巨人の功罪」
【第71回】アンガールズ  キモカワ芸人が精緻に切り出した「人生のNGシーン」に宿る笑い
【第70回】エハラマサヒロ   「究極の器用貧乏芸人」が無限の笑いをコラージュする
【第69回】なだぎ武 R-1二連覇を成した演技派芸人の「本当の運命の出会い」とは
【第68回】いとうあさこ 悲観なき自虐を操る「アラフォー女性のしたたかなリアル」
【第67回】チュートリアル M-1完全優勝を勝ち取った「ひとつもボケない」漫才進化論
【第66回】松村邦洋 己を棄てて己を活かす「笑われる天才」が生きる道
【第65回】キャイ~ン・ウド鈴木 20年目の変わらぬ想い──「満面の笑顔で愛を叫ぶ」
【第64回】しずる 緻密なマーケティングと確かな演技力で突っ走る「腐女子枠のプリンス」
【第63回】青木さやか 仕事も家庭も……不器用に体現する「現代女性の映し鏡」
【第62回】 今田耕司 好きな司会者第3位にランクされる「代弁者としての3つの極意」
【第61回】我が家 「変幻自在のローテーション」が3人のキャラ薄をメリットに転化する
【第60回】ハライチ “ツッコミ”を棄てた関東M-1新世代が生み出す「面の笑い」とは?
【第59回】出川哲朗 稀代のリアクション芸人が「計算を超えた奇跡」を起こし続ける理由
【第58回】中川家 すべてはここから始まった!? 兄弟が奏でる「舞台芸と楽屋芸のハイブリッド」
【第57回】板尾創路 笑いの神に愛された男が泰然と歩む「天然と計算の境界線」
【第56回】清水ミチコ 対象者の心を浮き彫りにする「ものまねを超えた賢人の不真面目芸」
【第55回】とんねるず 暴れ放題で天下を取った「学生ノリと楽屋オチの帝王学」
【第54回】友近 孤高の女芸人が体現する「女としての業と生き様」
【第53回】ウンナン内村光良 受け継がれゆく遺伝子「終わらないコント愛」
【第52回】モンスターエンジン 結成2年でシーンを席巻する「高次元のバランス」
【第51回】関根勤 再評価される「妄想力」ひとり遊びが共感を呼ぶ2つの理由
【第50回】南海キャンディーズ しずちゃんを化けさせた山里亮太の「コンビ愛という魔法」
【第49回】フットボールアワー 無限の可能性を秘めた「ブサイクという隠れみの」
【第48回】ますだおかだ 「陽気なスベリ芸」という無敵のキャラクターが司る進化
【第47回】ナインティナイン あえて引き受ける「テレビ芸人としてのヒーロー像」
【第46回】インパルス タフなツッコミで狂気を切り崩す「極上のスリルを笑う世界」
【第45回】アンタッチャブル 「過剰なる気迫」がテレビサイズを突き抜ける
【第44回】おぎやはぎ 「場の空気を引き込む力」が放散し続ける規格外の違和感
【第43回】志村けん 「進化する全年齢型の笑い」が観る者を童心に帰らせる
【第42回】はるな愛 「すべてをさらして明るく美しく」新時代のオネエキャラ
【第41回】明石家さんま テレビが生んだ「史上最大お笑い怪獣」の行く末
【第40回】ブラックマヨネーズ コンプレックスを笑いに転化する「受け止める側の覚悟」
【第39回】笑い飯 Wボケ強行突破に見る「笑わせる者」としての誇りと闘争心
【第38回】笑福亭鶴瓶 愛されアナーキストが極めた「玄人による素人話芸」とは
【第37回】島田紳助 “永遠の二番手”を時代のトップに押し上げた「笑いと泣きの黄金率」
【第36回】東野幸治 氷の心を持つ芸人・東野幸治が生み出す「笑いの共犯関係」とは
【第35回】ハリセンボン 徹底した自己分析で見せる「ブス芸人の向こう側」
【第34回】FUJIWARA くすぶり続けたオールマイティ芸人の「二段構えの臨界点」
【第33回】ロンブー淳 の「不気味なる奔放」テレ朝『ロンドンハーツ』が嫌われる理由
【第32回】柳原可奈子 が切り拓くお笑い男女平等社会「女は笑いに向いているか?」
【第31回】松本人志 結婚発表で突如訪れたカリスマの「幼年期の終わり」
【第30回】はんにゃ アイドル人気を裏打ちする「喜劇人としての身体能力」
【第29回】ビートたけし が放った『FAMOSO』は新世紀版「たけしの挑戦状」か
【第28回】NON STYLE M-1王者が手にした「もうひとつの称号」とは
【第27回】ダチョウ倶楽部・上島竜兵 が”竜兵会”で体現する「新たなリーダー像」
【第26回】品川祐 人気者なのに愛されない芸人の「がむしゃらなリアル」
【第25回】タモリ アコムCM出演で失望? 既存イメージと「タモリ的なるもの」
【第24回】ケンドーコバヤシ 「時代が追いついてきた」彼がすべらない3つの理由
【第23回】カンニング竹山 「理由なき怒りの刃」を収めた先に見る未来
【第22回】ナイツ 「星を継ぐ者」古臭さを武器に変えた浅草最強の新世代
【第21回】立川談志 孤高の家元が歩み続ける「死にぞこないの夢」の中
【第20回】バカリズム 業界内も絶賛する「フォーマット」としての革新性
【第19回】劇団ひとり 結婚会見に垣間見た芸人の「フェイクとリアル」
【第18回】オードリー 挫折の末に磨き上げた「春日」その比類なき存在
【第17回】千原兄弟 東京進出13年目 「真のブレイク」とは
【第16回】狩野英孝 「レッドカーペットの申し子」の進化するスベリキャラ
【第15回】サンドウィッチマン 「ドラマとしてのM-1」を体現した前王者
【第14回】小島よしお 「キング・オブ・一発屋」のキャラクター戦略
【第13回】U字工事 M-1決勝出場「北関東の星」が急成長を遂げた理由
【第12回】江頭2:50 空気を読んで無茶をやる「笑いの求道者」
【第11回】バナナマン 実力派を変革に導いた「ブサイク顔面芸」の衝撃
【第10回】山本高広 「偶像は死んだ」ものまね芸人の破壊力
【第09回】東京03 三者三様のキャラクターが描き出す「日常のリアル」
【第08回】ジャルジャル 「コント冬の時代」に生れ落ちた寵児
【第07回】爆笑問題・太田光 誤解を恐れない「なんちゃってインテリ」
【第06回】世界のナベアツ 「アホを突き詰める」究極のオリジナリティ
【第05回】伊集院光 ラジオキングが磨き上げた「空気を形にする力」
【第04回】鳥居みゆき 強靭な妄想キャラを支える「比類なき覚悟」
【第03回】くりぃむしちゅー有田哲平 が見せる「引き芸の境地」
【第02回】オリエンタルラジオ 「華やかな挫折の先に」
【第01回】有吉弘行 が手にした「毒舌の免罪符」

最終更新:2013/02/06 11:16
ページ上部へ戻る

配給映画

トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • twitter
  • feed
特集

【1月期の冬ドラマ、最終回へ】視聴率・裏事情・忖度なしレビュー

月9、日曜劇場、木曜劇場…スタート日一覧、最新情報公開中!
写真
インタビュー

『マツコの知らない世界』出演裏話

1月23日放送の『マツコの知らない世界』(T...…
写真
人気連載

『光る君へ』花山天皇の出家

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・...…
写真
イチオシ記事

『R-1グランプリ』全ネタレビュー【前編】

 9日に行われたピン芸人日本一決定戦『R-1グランプリ2024』(フジテレビ系)は、漫談一筋20年の街裏ぴんくが優勝。賞金500万円を手にした。 ...…
写真