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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.488

人気漫画家・押見修造の思春期の体験を映画化! 苦い青春『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』

乃木坂46のショートムービーを数多く手掛けた湯浅弘章監督の長編デビュー作。主演の南沙良と蒔田彩珠はオーディションで選ばれた。

 自分が心の中で感じたこと、考えたことを完璧に話すことができる人はこの世界にどれだけいるのだろうか。うまい言葉を見つけ、誰かに伝えようとすればするほど、サイズの合わない靴を履いてしまったような違和感を覚えてしまう。映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』は、『アバンギャルド夢子』『惡の華』(講談社)などで知られる人気漫画家・押見修造が10代の頃に吃音症に悩んだ実体験をベースにした同名コミック(太田出版)の実写化作品だ。コンプレックスを抱えた思春期の少年少女たちが傷つきながらも成長していく姿を、真摯に描いた作品となっている。

 大島志乃(南沙良)は入学したばかりの高校1年生。新しいクラスでさっそく一人ずつ自己紹介することになるが、志乃は自分の名前を言えずにいた。ずっとひとりで自己紹介の練習をしてきたが、クラスメイトが見ている前ではどうしても言葉が詰まってしまう。焦るあまり、「……志乃、大島です」と名乗ってしまう。母音が特に言いづらいのだ。志乃が吃音症であることを知らないクラスメイトたちは爆笑する。サイアクの高校デビューだった。

 自己紹介でつまずいてしまった志乃は、普段の授業でも発言できなくなってしまう。担任の教師(山田キヌヲ)は志乃を呼び出し、「緊張しているのかな? 名前くらい言えるようになろうよ。がんばって」と励ます。志乃はがんばっているが、どうがんばっても心で思っていることが口に出来ないから苦しいのだ。昼休みにひとりでお弁当を食べていた志乃は、同じクラスの加代(蒔田彩珠)が休み時間はいつもイヤホンをして音楽を聴いていることに気づく。志乃と違って孤高さが漂い、かっこいい。声を掛けられずに志乃がもじもじしているのを見て、加代はぶっきらぼうに「しゃべれないなら、書けばいいじゃん」とメモ帳とペンを渡す。これがきっかけで、志乃は加代の自宅に遊びにいくようになる。

ギター演奏が得意な加代(蒔田彩珠)は、吃音で悩む志乃(南沙良)に「2人でバンドをやろう」と持ち掛ける。

 加代はロック好きで、ギター演奏に熱中していた。志乃にせがまれた加代は「絶対に笑うなよ」と念を押してから、ギターを手に歌い出す。加代はかなりの音痴だった。加代の意外な一面を知った志乃は、思わず表情を緩めてしまう。このことが加代の逆鱗に触れた。音痴であることは、音楽を愛する加代にとってのトラウマだったのだ。加代はギターを投げ捨てて、「帰れ!」とマジ切れしてしまう。志乃はせっかくできた初めての友達を失ってしまった。

 本作は乃木坂46のショートムービー「天体望遠鏡」やミュージックビデオ「無口なライオン」などを手掛けてきた湯浅弘章監督の長編デビュー作。これまで美少女アイドルたちのキラキラした輝きを映像に収めてきた湯浅監督だが、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』はキラキラと輝けない高校生たちの苦くて、かっこ悪い物語だ。リアルな青春ものにするため、湯浅監督はメインキャストをオーディションで決めている。志乃役の南沙良は、三島有紀子監督の『幼な子われらに生まれ』(17)で義父役の浅野忠信を相手に迫真の親子ゲンカを演じてみせた。加代役の蒔田彩珠も、是枝裕和監督の『三度目の殺人』(17)で福山雅治の娘を好演し、これからが楽しみな逸材だ。

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